いま、いちばん大切なこと
- 復興ビジョン
- 2011.09.07 Wednesday
1頁で「道路も、農道も、なにもまだ直っていない」という声を紹介しました。このように言われた方ご自身は自宅をすでに修復されていて、「3月12日からなにも変わっていない」と思われているわけではありません。
問題は、村がこれからどういう方向に進んでいくのか、進んでいこうとしているのか、が明確になっていないことにあります。
言いかえれば、復興の基本方針、ビジョンが出ていないところに問題があるのです。
木村先生のお話の中で、「計画の段階性」ということが説明されました。
上の図がその各段階を示しています。いま、村の復旧(−復興)事業をめぐっては、一番下に出てくる「事業計画」のみが存在する状況だといえます。たとえば、どこの道路、どこの農地をどれだけの費用をかけて、いつ、復旧するのか、というのが「事業計画」です。「事業計画」だけがあって、おおもととなる「構想計画(ビジョン)」がないので、どこに向かおうとしているのか、がわからなくなるわけです。
震災から半年、ちょうど、“ビジョン”が欲しい時期なのです。
“ビジョン”って、どういうもの?
でも、“ビジョン”って言っても、それはどんなものなのか?

ビジョンづくり
そこで、試しに“ビジョン”に必要だと思われることを絵(図)に描いてみました。上の図にそって説明します。
“ビジョン”は、ただダラダラと色んなことを書き連ねるのではなく、ビジョン全体の中心となる考え・目標が明示されていることが必要です。この図では、「みんなが村で暮らし続けられる」というのが真ん中に置かれています。これが〈中心となる考え〉〈目標〉です。山古志村では、「帰ろう山古志へ」がこれに当たりました。
「みんなが村で暮らし続けられる」ということを真ん中に置いたのは、震災以降、むらの人たちが一番不安に思っていることが、「いまは仮設にいるが、自分の集落に戻れるのか」、「村外に避難している人は村に帰って来れるのか」ということにあると思うからです。
さて、「みんなが村で暮らし続けられる」ということを中心目標に据えたとして、そのようにスローガンを叫べば、実現されるというものではありません。これを実現するには、いろんな事柄を解決しなければなりません。
住宅の確保が第1だといえますが、農地が自分の家から遠く離れていたら、日々の暮らしは困難になります。住宅の問題と農地・農業の問題は密接につながっているわけです。ですから、図では2つの項目を点線で結んであります。
あるいは、村で暮らし続けられるには、高齢者だけでなく若者が村で暮らしてくれることが不可欠です。そこで、住宅の問題は若者の住まい問題の解決と結びついていることが必要です。また、若者が村で暮らすには「仕事の確保」が不可欠ですし、それは「農業」や「観光」と結びついてきます。
こういういろんな事柄を中項目に整理し、その中項目相互の関係を考えていく。
そうすると、中心目標はどのような課題を解決すれば実現にむかうことができるのかが見えてくるようになるでしょう。
また、中項目のそれぞれをどのように考え、課題化していくか、それぞれについて検討していかなければなりませんが、これも中項目間の相互関係を考える中であきらかになっていくでしょう。
たとえば、農業を生き生きとやっていくには、美味しいむらのお米が1俵9千円なんて超低価格では困ります。生産者に1俵1万8千円〜2万円保障されるような直販で売れる仕組みができるといいのですが、それは「観光」で栄村ファンを増やすことで可能になってきます。若者が農業と観光を結びつけて「仕事の確保」を実現することもできます。
こんな感じで、“ビジョン”を考えていくことだと思います。
* 住民と行政の協働作業で
“ビジョン”づくりは住民だけではできないし、行政だけでもできません。両者が協働することが必要です。
* 困っていることを互いに情報交換する場を
もう1つ、大事なことがあります。
“ビジョン”は誰かが頭の中だけで考え出すものではありません。むらのみんなが抱えている色んな問題を解決できるようにすることが“ビジョン”の狙いです。
ですから、一人一人が悩んでいること、困っていることを互いに情報交換、意見交換する場が必要です。
昨夜は、比較的平素から顔を合わすことが多い者同士の勉強会でしたが、今後、かなりの頻度でそういう情報交換、意見交換ができる場(機会)をつくっていきたいと思っています。また、役場で働く人たちにも、「職員」としてではなく、村民としてどんどん参加していただき、フランクな話し合いができる場にしていきたいと思います。
声をかけさせていただきますので、その節は、よろしくお願いします。
問題は、村がこれからどういう方向に進んでいくのか、進んでいこうとしているのか、が明確になっていないことにあります。
言いかえれば、復興の基本方針、ビジョンが出ていないところに問題があるのです。
<計画の段階性>
構想計画(ビジョン)
↓
基本計画(マスタープラン)
↓
実施計画
↓
事業計画
木村先生のお話の中で、「計画の段階性」ということが説明されました。
上の図がその各段階を示しています。いま、村の復旧(−復興)事業をめぐっては、一番下に出てくる「事業計画」のみが存在する状況だといえます。たとえば、どこの道路、どこの農地をどれだけの費用をかけて、いつ、復旧するのか、というのが「事業計画」です。「事業計画」だけがあって、おおもととなる「構想計画(ビジョン)」がないので、どこに向かおうとしているのか、がわからなくなるわけです。
震災から半年、ちょうど、“ビジョン”が欲しい時期なのです。
“ビジョン”って、どういうもの?
でも、“ビジョン”って言っても、それはどんなものなのか?

ビジョンづくり
そこで、試しに“ビジョン”に必要だと思われることを絵(図)に描いてみました。上の図にそって説明します。
“ビジョン”は、ただダラダラと色んなことを書き連ねるのではなく、ビジョン全体の中心となる考え・目標が明示されていることが必要です。この図では、「みんなが村で暮らし続けられる」というのが真ん中に置かれています。これが〈中心となる考え〉〈目標〉です。山古志村では、「帰ろう山古志へ」がこれに当たりました。
「みんなが村で暮らし続けられる」ということを真ん中に置いたのは、震災以降、むらの人たちが一番不安に思っていることが、「いまは仮設にいるが、自分の集落に戻れるのか」、「村外に避難している人は村に帰って来れるのか」ということにあると思うからです。
さて、「みんなが村で暮らし続けられる」ということを中心目標に据えたとして、そのようにスローガンを叫べば、実現されるというものではありません。これを実現するには、いろんな事柄を解決しなければなりません。
住宅の確保が第1だといえますが、農地が自分の家から遠く離れていたら、日々の暮らしは困難になります。住宅の問題と農地・農業の問題は密接につながっているわけです。ですから、図では2つの項目を点線で結んであります。
あるいは、村で暮らし続けられるには、高齢者だけでなく若者が村で暮らしてくれることが不可欠です。そこで、住宅の問題は若者の住まい問題の解決と結びついていることが必要です。また、若者が村で暮らすには「仕事の確保」が不可欠ですし、それは「農業」や「観光」と結びついてきます。
こういういろんな事柄を中項目に整理し、その中項目相互の関係を考えていく。
そうすると、中心目標はどのような課題を解決すれば実現にむかうことができるのかが見えてくるようになるでしょう。
また、中項目のそれぞれをどのように考え、課題化していくか、それぞれについて検討していかなければなりませんが、これも中項目間の相互関係を考える中であきらかになっていくでしょう。
たとえば、農業を生き生きとやっていくには、美味しいむらのお米が1俵9千円なんて超低価格では困ります。生産者に1俵1万8千円〜2万円保障されるような直販で売れる仕組みができるといいのですが、それは「観光」で栄村ファンを増やすことで可能になってきます。若者が農業と観光を結びつけて「仕事の確保」を実現することもできます。
こんな感じで、“ビジョン”を考えていくことだと思います。
* 住民と行政の協働作業で
“ビジョン”づくりは住民だけではできないし、行政だけでもできません。両者が協働することが必要です。
* 困っていることを互いに情報交換する場を
もう1つ、大事なことがあります。
“ビジョン”は誰かが頭の中だけで考え出すものではありません。むらのみんなが抱えている色んな問題を解決できるようにすることが“ビジョン”の狙いです。
ですから、一人一人が悩んでいること、困っていることを互いに情報交換、意見交換する場が必要です。
昨夜は、比較的平素から顔を合わすことが多い者同士の勉強会でしたが、今後、かなりの頻度でそういう情報交換、意見交換ができる場(機会)をつくっていきたいと思っています。また、役場で働く人たちにも、「職員」としてではなく、村民としてどんどん参加していただき、フランクな話し合いができる場にしていきたいと思います。
声をかけさせていただきますので、その節は、よろしくお願いします。



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むらたびは、体験イベントを通して栄村の〈むららしい暮らし〉や自然を満喫し、栄村の復興に繋げる新しい旅です。






