「農(業)中心の暮らし」が第2のキーワード
- 復興ビジョン
- 2011.06.10 Friday

夫婦二人で野良仕事
栄村の復興ビジョンを考えるとき、やはり農(業)が重要です。
5月14日の「考える会」の意見を見てみましょう。
「集落の人々といつまでも農業で暮らしていける村」
「農地や水路をまず復旧させていくことが必要なのかと思います」
「農業産業も新しい角度で取り組んでいく村」
「農地を復旧させるだけでなく更に農作し易い状況に整備し、村内村民ならず他の地からの農業に取り組んでみたい人達を呼んで活発な農業を目指す村にする」
「農業の活性化 農地の集積と機械化と共同化」
「栄村独自アイテムを活かした農業生産」
「水田を中心とした文化豊かな村づくり」
「今タケノコとわらびを栽培しているので山菜の村にしたい」
「山(自然)とかかわって生活していけるようになったらいいね」
こんなにもたくさんの意見が出ています。
TVや新聞の取材でよく尋ねられることがあります。
「栄村はやはり農業が基幹産業なのですか?」と。
私はこれに対して、「産業云々以前に、栄村で田んぼをやっていない人を探す方が難しいですよ。自分たちが食べるものは自分たちでつくる。百姓仕事が暮らしの中心なんですよ」と答えることにしている。そうすると、「私もじつは田舎の出身なのでわかります」と答える記者もけっこうおられる。
「考える会」で出た「集落の人々といつまでも農業で暮らしていける村」とか、「水田を中心とした文化豊かな村づくり」という意見は、まさに「百姓仕事が暮らしの中心にある村」ということだろう。カネ稼ぎだけが人生で、田んぼや畑をやらないのなら、なにも「不便な山村」で暮らし続ける必要はないのです。栄村が都会的な暮らしに変わる必要はなにもない。山村には山村らしい暮らしがあって然るべきなのです。高齢者が田や畑を耕し、自分たちのたべる米や野菜を自ら育てることを生きがいとして元気に暮らす。これほど素晴らしいことはありません。
同時に、高齢化による耕作不能化への対処、さらに、若者が農業に携わって食べていける所得を確保できる農業の形成も復興の課題です。
今朝、青倉集落の田原の朝風景を撮りに行ったのですが、今年作付がされていない田んぼがかなり目につきました。震災で復旧工事が必要なために作付されなかったものではありません。高齢病気引退された人の耕作地を引き継ぐことができなかったためのものです。たしかに、震災がなく、ゆとりをもって春を迎えることができていたら、もう少し対処のしようがあったのかもしれません。しかし、田んぼの後継問題は深刻な問題です。この解決なくして「元気な栄村」を取り戻すことはできないでしょう。そのためにも、災害復旧を契機として圃場整備の問題に是非とも取り組まなければならないと思います。

作付されていない田んぼ
また、若者が農業に携われるような仕組みが必要です。生産だけでなく加工や販売をも手掛けることが鍵でしょう。幸いなことに、震災復興支援で栄村の農産品への注目が高まっています。復興期を生かさずして、栄村の「農中心の暮らしの村」としての持続・発展はありえません。



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