地盤被害対策の強化を求めます
- 公的支援
- 2011.06.23 Thursday
私は地震から3ヶ月以上を経た今でも、頻繁に村内の被害箇所を見て廻っています。
その中で痛感していることに、「今回の震災被害の多くは地盤被害だ。家そのものは大丈夫なのに地盤がやられてしまったために住めなくなっているケースが非常に多い」ということがあります。
ところが、「全壊」「半壊」等を認定する「り災証明書」の元になっている家屋の被害判定調査では地盤被害が考慮されていません。「地盤がやられて住めない。地盤を見てくれ」という被災者の訴えに対しては、「被害判定調査は家屋が対象で、地盤は対象になっていない」という返答が返ってきました。


地盤被害で住めなくなった家の事例
坪野集落のお家で、右写真のように崖の上にある。玄関先の地盤に亀裂が何本も入り、地盤が下がっている。中越地震のときに修復したが、今回もやれら、住人はついに村内の別集落への移転を決められた。
家屋だけでなく、田んぼも、道路も、地盤が崩れたり、ずれたりして被害が生まれているケースが非常に多く見られます。
<青倉での地盤調査で判明したこと>
建て替え等を検討中の世帯では、最近、地盤調査を依頼するケースが増えています。建築専門家のアドバイスによるものですが、青倉のある箇所での調査結果が21日、判明しました。それによると、
「山からの崩土で形成された平地である。硬軟入り混じった粘土質の土壌」
とのことです(上の文章は報告書を読んだ記憶に基づくもので、後半部分はやや不確かな記憶になってしまっています)。
土壌調査では、金属製のパイプを土壌中に打ち込み、固い岩盤にぶつかる深さを調べるのですが、この青倉での調査の場合、同じ区画の土地の中で、パイプを打ち込んだ地点によって固いものにぶつかる深さが異なったといいます。深い所は9m以上ある一方で、1mほどで固いものにぶつかり、それ以上深くは打ち込めなかったそうです。
その原因は「山の崩土で形成された平地」ということにあります。つまり、その崩土の中に、山から落ちてきた固い石が混ざっているところでは、すぐに「固いものに突き当る」、他方、そういう石がないところでは崩土がぶ厚く存在していて、9m以上掘っても岩盤に突き当たらないわけです。
こういう地盤のところでは、家屋を建設する前提として地盤を固める作業が非常に困難だといいます。
栄村が存在する一帯は、お隣の松之山、松代などとともに、「日本有数の地滑り地帯」です。
青倉という地名の「倉」は崖を意味しています。関田山脈から「馬の背」のように南方向に突き出た尾根の下が青倉。その尾根からの崩土が青倉集落の土地を形成したのです。その形成の歴史は人間の感覚からいえば、相当に長い期間にわたるものですが、地質学の世界で見ると青倉の土地は「若い土地」であり、いまだ固まりきっていないものだといえるのではないでしょうか。
そういう土地ですから、震災をのりこえ、安心で安全な暮らしを実現するには、充分な地盤調査−地盤対策が求められます。

森集落裏の山の上から眺望した青倉集落
写真奥の尾根が関田山脈から突き出た尾根。
青倉が間近に迫る山に三方を囲まれた集落であることがよくわかる。
<県や国の力で本格的な地盤調査・対策を>
この他にも、山全体が動き、ずれることによって、道路に亀裂や段差が生じているケースや、道幅が半分くらいになってしまったケースも見られます。
いま査定作業が進められている復旧事業では、原形復旧が原則となっているため、道路のクラックを埋め、元通りの位置に修復するだけです。役場の関係者にお聞きすると、「山そのものを対象とするのは治山事業。ただし、その山に造成林などがなければ事業の対象にはならない」とのことです。

a.村道滝見線、奈免沢(なめざわ)近くの地点
b.上の地点のすぐそばに林内
亀裂とずれが確認できる。奈免沢川方向へ山がずれている

c.a地点近くの道路脇の崖
d.古道・志久見街道の道幅が狭まっている
写真bの山がずれている箇所の下にあたる地点です
日本の国土は、栄村の93%とまではいかないものの、中山地が70%を占めています。その地に暮らす人のためばかりでなく、国土保全という意味でも、今回の震災を契機として、地盤の調査・対策に本腰を入れることが必要だと思います。
その中で痛感していることに、「今回の震災被害の多くは地盤被害だ。家そのものは大丈夫なのに地盤がやられてしまったために住めなくなっているケースが非常に多い」ということがあります。
ところが、「全壊」「半壊」等を認定する「り災証明書」の元になっている家屋の被害判定調査では地盤被害が考慮されていません。「地盤がやられて住めない。地盤を見てくれ」という被災者の訴えに対しては、「被害判定調査は家屋が対象で、地盤は対象になっていない」という返答が返ってきました。


地盤被害で住めなくなった家の事例
坪野集落のお家で、右写真のように崖の上にある。玄関先の地盤に亀裂が何本も入り、地盤が下がっている。中越地震のときに修復したが、今回もやれら、住人はついに村内の別集落への移転を決められた。
家屋だけでなく、田んぼも、道路も、地盤が崩れたり、ずれたりして被害が生まれているケースが非常に多く見られます。
<青倉での地盤調査で判明したこと>
建て替え等を検討中の世帯では、最近、地盤調査を依頼するケースが増えています。建築専門家のアドバイスによるものですが、青倉のある箇所での調査結果が21日、判明しました。それによると、
「山からの崩土で形成された平地である。硬軟入り混じった粘土質の土壌」
とのことです(上の文章は報告書を読んだ記憶に基づくもので、後半部分はやや不確かな記憶になってしまっています)。
土壌調査では、金属製のパイプを土壌中に打ち込み、固い岩盤にぶつかる深さを調べるのですが、この青倉での調査の場合、同じ区画の土地の中で、パイプを打ち込んだ地点によって固いものにぶつかる深さが異なったといいます。深い所は9m以上ある一方で、1mほどで固いものにぶつかり、それ以上深くは打ち込めなかったそうです。
その原因は「山の崩土で形成された平地」ということにあります。つまり、その崩土の中に、山から落ちてきた固い石が混ざっているところでは、すぐに「固いものに突き当る」、他方、そういう石がないところでは崩土がぶ厚く存在していて、9m以上掘っても岩盤に突き当たらないわけです。
こういう地盤のところでは、家屋を建設する前提として地盤を固める作業が非常に困難だといいます。
栄村が存在する一帯は、お隣の松之山、松代などとともに、「日本有数の地滑り地帯」です。
青倉という地名の「倉」は崖を意味しています。関田山脈から「馬の背」のように南方向に突き出た尾根の下が青倉。その尾根からの崩土が青倉集落の土地を形成したのです。その形成の歴史は人間の感覚からいえば、相当に長い期間にわたるものですが、地質学の世界で見ると青倉の土地は「若い土地」であり、いまだ固まりきっていないものだといえるのではないでしょうか。
そういう土地ですから、震災をのりこえ、安心で安全な暮らしを実現するには、充分な地盤調査−地盤対策が求められます。

森集落裏の山の上から眺望した青倉集落
写真奥の尾根が関田山脈から突き出た尾根。
青倉が間近に迫る山に三方を囲まれた集落であることがよくわかる。
<県や国の力で本格的な地盤調査・対策を>
この他にも、山全体が動き、ずれることによって、道路に亀裂や段差が生じているケースや、道幅が半分くらいになってしまったケースも見られます。
いま査定作業が進められている復旧事業では、原形復旧が原則となっているため、道路のクラックを埋め、元通りの位置に修復するだけです。役場の関係者にお聞きすると、「山そのものを対象とするのは治山事業。ただし、その山に造成林などがなければ事業の対象にはならない」とのことです。

a.村道滝見線、奈免沢(なめざわ)近くの地点
b.上の地点のすぐそばに林内
亀裂とずれが確認できる。奈免沢川方向へ山がずれている

c.a地点近くの道路脇の崖
d.古道・志久見街道の道幅が狭まっている
写真bの山がずれている箇所の下にあたる地点です
日本の国土は、栄村の93%とまではいかないものの、中山地が70%を占めています。その地に暮らす人のためばかりでなく、国土保全という意味でも、今回の震災を契機として、地盤の調査・対策に本腰を入れることが必要だと思います。



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