全壊、大規模半壊でも立派に修復できる
- 仮設住宅/住宅再建
- 2011.05.01 Sunday
多くの世帯に対して罹災証明が出て、ここ1週間、村内のあちこちで家の修復工事の光景が見られるようになりました。倉庫・車庫等は別として住家の解体は完全倒壊した横倉の1軒を除いて、私はいまのところ見ていません。
逆に、応急危険度判定では「赤」、そして罹災証明では「大規模半壊」とされた家が立派に修復されつつあります。レポートでしばしば紹介してきた高橋友太郎さんのお家です。聞くところによると、最近では、家の修復について尋ねる電話が入ることもあるとか。これまでに紹介したことがある写真を含めて、その被災の様子、応急手当て、そして本格修復のプロセスをふりかえってみたいと思います。
<地震直後の様子>

外観(座敷と居間の部分)

座敷の畳の上に落ちた壁が散乱

座敷と居間の間に帯戸が破れている

玄関から居間・台所方向を見る

家屋西側の側面
(以上いずれも3月15日撮影)
<現在の様子>
座敷の壁に合板が入った。
この後、クロスが貼られる予定

座敷と居間の間に新しい柱が1本入れられた。材は檜。
(5月1日撮影)
逆に、応急危険度判定では「赤」、そして罹災証明では「大規模半壊」とされた家が立派に修復されつつあります。レポートでしばしば紹介してきた高橋友太郎さんのお家です。聞くところによると、最近では、家の修復について尋ねる電話が入ることもあるとか。これまでに紹介したことがある写真を含めて、その被災の様子、応急手当て、そして本格修復のプロセスをふりかえってみたいと思います。
<地震直後の様子>

外観(座敷と居間の部分)

座敷の畳の上に落ちた壁が散乱

座敷と居間の間に帯戸が破れている

玄関から居間・台所方向を見る

家屋西側の側面
(以上いずれも3月15日撮影)
<現在の様子>
座敷の壁に合板が入った。
この後、クロスが貼られる予定

座敷と居間の間に新しい柱が1本入れられた。材は檜。
(5月1日撮影)
<応急修理から本格修復への歩み>

片付けが進められ、外観は落ち着いた感じに。

玄関を入って居間に入るところの障子を修復

障子が動くようにつっかえ棒をいれた (以上、3月27日撮影)

障子紙が貼られ、さらに落ち着いた感じに。

玄関を入った処にも障子紙を入り替えた障子が入る。

居間はいつでもお茶のみができる状況
(以上、3月30日)
●曳き屋さんが入る

床板を外し、家の水平を確保する作業

家を起こし、つっかえ棒やベルトで固定
家を起こし、南西隅を補強する

土壁の表面を全部落とした(以上、4月24日撮影)
●大工さんが入る

(4月27日)

(5月1日)
大工さんが柱と柱の間に合板を入れ、傾きを修整した状態を固定化。その結果、家を起こした状態を保つためのつっかえ棒やベルトがかなり外された。
私はかなりの頻度で友太郎さん宅を訪れ、写真も撮ったつもりでしたが、修復プロセスを振り返るために写真データを改めて見直すと、意外と写真枚数が少ないことに気づき、いささか落胆しています。
それはともかく、お家が地震からわずか1ヶ月半で十分に住める状態に修復されてきたことがわかります。
初めての一時帰宅の時、私は友太郎さん宅を拝見し、正直なところ、「これは駄目だな」と思いました。しかし、3月21日の避難指示解除の直後、3月26日に建築家の長谷川順一さんと一緒に訪ねた時、友太郎さんは「この家を直して住む」とはっきり言われました。長谷川さんも「大丈夫、直せる」と言われました。それでも、私には「どうやって直せるのだろう」という思いが残ったのは事実です。それがいま、立派に修復されてきている。
家は簡単に壊すものではないとつくづく思います。
友太郎さんの家の修復からいえることがいくつかあります。
第1は、やはり住人のその家への愛着が大事だということです。このお家は友太郎さんがまだ結婚する前、昭和32年頃に自らも建築過程に深く関わって建てられたお家です。お金を出して買ったというだけではないお家なのです。
第2は、被災直後の無残な姿だけで判断してはいけないということです。
「全壊」の認定を受けた「あんぼの家」の渡邉加奈子さん。2階の床が落ち、3月15日の一時帰宅の時は家に入るのも困難な状況でした。ご本人もいったんは「解体」に同意されました(借家なので管理者に対して)。しかし、ボランティアの手が比較すいてきた4月半ば、ボランティアの手を借りて家の片付けをしてから、渡邉さんの意識がガラッと変わりました。「修復して、もう一度住みたい」。「信州民家の会」の人に見ていただき、「修復は可能でしょう」という判断をもらいました。
地震直後の家の内部は悲惨な状況です。それだけで「この家はダメだ」と即断しないことです。ひとまずの仮住居を確保するなり、家の一室だけを住める状態にするなりして、時間を確保し、焦らず、じっくり考えることが大事なのです。この教訓は、今回の栄村の震災をめぐって、まだまだ有効です。「解体費が無料になった」ということで、解体を急ぐというのはまずいと思います。
第3は、伝統工法の家屋の素晴らしさです。
伝統工法の家屋は、土壁が激しく落ち、少し傾いたり、ずれたりしますが、地震エネルギーをうまく発散させ、構造材はしっかりしています。
今回、震度6強の激しい地震に襲われながら、栄村では死者も重傷者も1名も出なかった。奇跡に近いこととして語られますが、死者・重傷者が出なかった要因の1つは伝統工法による古い家が多かったことがあるのではないかと私は思います。倒壊しないのですから家の下敷きになるということが発生しなかったのです。
こういう教訓は、これからの復興において、栄村の家々をどういうものにしていくのかという復興ビジョン・プランにも関わってくることだと思います。



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