元山古志村企画課長・青木勝さんの講演から
- 復興ビジョン
- 2011.05.27 Friday
20日の村議団視察の際、旧山古志村で説明にあたられた青木勝さん(NPO法人中越防災フロンティア・震災当時山古志役場企画課長)の講演要旨を阿部巧さんからご提供いただきましたので、ご紹介します。
新潟県中越地震は、中山間地域における初めての大規模地震災害であった。日本は災害と付き合って暮らしてきた歴史があり技術や知恵もある。
<中山間地の役割を発信し続ける>
山古志の7割帰村は、この災害・市町村合併という中では、かなりいい数字ではないかと考えている。これは地域の力なのだと思う。災害復旧・復興として山古志に入った金は1000億ではきかない。2167人(震災前の人口)に対してこれだけの金がつぎ込まれるというのは世論には理解されない。山古志村民が山古志に帰るということに意味を出さなくてはいけない。経済効率で話をしたらとんでもない話になる。中山間地域にどういう役割があるのか発信しつづけなければいけない。
中山間地域はこの40年で生活インフラは整備された。しかしそこに住む人間は減っていた。日本の国土の3割に人口の85%の人が住んでいるのが今の日本。人口格差は、とてつもないことになっている。15%の人が住む7割の土地を守らなければ、85%の人たちが住む3割の土地の安全が図れないという事を言わなければならない。(小篭集落が沈んだ)河道閉塞は、小篭を水没させることによって下流の町に影響を与えないために起こったこと。
山古志の復旧は、たとえ山古志に人が住んでいなくても、行わなければならないことだった。人が住んで山を管理して、田んぼを作ってという山の暮らしは、最も効率のいい国土保全のやり方だ。
<「山の暮らしを再生する」>
山古志の復興プランは「山の暮らしを再生する」こと。サラリーマンが全人口の65%というのはいびつでしかない。サラリーマンは、生活のすべてを月給だけでまかなわなければいけない。山の暮らしは、1つですべてをまかなうのではない。色んな仕事をして、トータルで暮らすということ。自然の中で暮らすというのは1人では不可能。大事なのは集落。集落があってはじめて暮らしが成り立つ。だから山古志の復興は「生活の再建」ではなく「集落機能の再生」だと言っている。集落機能の中に田んぼや道もあれば家もある。集落機能が再生されれば、新しい人が住むこともできる。
中山間地域だから高齢化率40%でも暮らせる。都会が高齢化40%になったら、日本は沈没する。60歳で死ぬところが、80歳まで生きるようになった。60歳までは給料もらえるが、その後20年は都会では給料払ってくれない。この20年を山なら役立てられる。若者の定住が本当に必要かは考えた方がいい。年寄でもいいではないか。そういう意味で、問題山積の都市とどう結びつくかが重要。「都市との交流」というグリーンツーリズムではもう間に合わない。「都市との対流」が必要。60歳になれば帰ってくればいい。人の一生のサイクルの中でこれが起こせるかが今後大事になってくる。
<大事なのは想像力と創造力>
災害復興は、こういう中山間地域では千載一遇のチャンス。あんな道路は山古志役場が何年陳情したってできっこない。復興で一番大事なのはイマジネーション(想像力)とクリエーション(創造力)。市町村の職員は「役人」ではない。この辺の人が言う役人っていうのは県庁や国のこと。市町村の職員は村民の仕事の肩代わりをしているという感覚。市町村の職員が発想しないと、県も国も発想しない。



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