あの人が村に帰ってこられました
- 被害と復興の様子
- 2011.05.19 Thursday
17日午後、小滝に行って中沢一さんご夫婦にお会いしてきました。本レポートNo.6(4月19日)で紹介した飯山雇用促進住宅に仮住まい中だったお二人です。
細竹を切って、キュウリの苗を植えるときに使う添え木をつくる一さん

奥さんのうめのさんはタケノコの皮剥き。「茹でて、飯山の娘に届けるんだ」
いま、村人みんなの最大の心配は「村外に避難した人、とくにお年寄りが村に帰ってきてくれるだろうか?」ということです。14日の「復興を考える会」でも「心配事」として多くの人があげていたことです。
細竹を切って、キュウリの苗を植えるときに使う添え木をつくる一さん

奥さんのうめのさんはタケノコの皮剥き。「茹でて、飯山の娘に届けるんだ」
いま、村人みんなの最大の心配は「村外に避難した人、とくにお年寄りが村に帰ってきてくれるだろうか?」ということです。14日の「復興を考える会」でも「心配事」として多くの人があげていたことです。
しかし、16日夜、「一さんが帰って来て車庫で寝泊まりしている。重光さんも帰って来て、赤紙が貼られたままの家に泊まっているよ」と知人から聞き、翌17日午後、小滝を訪ねたのです。重光さんご夫婦にもお会いすることができました。
<「ぜんめがみんなをウズウズさせてるぞ」>
このレポートで紹介した「小滝通信」の第1号。そこには「ぜんめが芽を出してきたて! 様子を見に来てくんねかぃ」という記事がありました。15日夜にあった小滝の寄合では、「通信にぜんめのこと書いたろ。みんなうずうずしているみてぇだ」と話題になっていました。
ポカポカ陽気で、雪の下で育った山菜がいっせいに出てきています。それにつれて、村外に避難していた高齢の人たちがどんどん村に戻ってきているのです。
<めしは野外のかまどで炊く>
30分ほど、一さんやうめのさんと話したり、お二人の作業の様子を見たりしていましたが、とにかく生き生きされています。4月に飯山の雇用促進住宅の一室でお会いしたお二人とはまったく別人のようです。
一さんは、とにかく一時(いっとき)もじっとしていません。畑の中を動き回り、いろんな作業をつぎつぎとやっていきます。
お二人は「全壊」と判定された自宅のそばにあるドーム型の車庫の2階で寝泊まりしておられます。ご飯は野外に作ったかまどで炊いているとのこと。お風呂は百合居温泉。一さんは「電気は要らねえ。ローソクで十分」と笑って話されます。

野外のかまど。左はぜんまい用。右が炊飯用。

キュウリの苗を植えた畑
仮住まいの車庫の前の道路を見ると、うめのさんが揉んで干しているぜんまいが見えます。
一さんは今月下旬で80歳になられますが、とにかく元気。
その一さんがおとなしい性格にもかかわらず、口にされたのが住宅問題をめぐる行政への怒り。「家の解体費は無料っていうけど、その後の住まいはどうする んだ。年寄りは死ねば家は要らないということか」と。お年寄りが安心して住める公営住宅の建設が一刻の猶予もなく求められています。
一さんは元の家について、「いつかの代が壊さなければならない。それがおれの時にまわってきたんだろう」と言われ、解体の申請を出されたそうです。しか し、「別に急いで壊そうという気はない」とも言っておられます。「残したいですね」と私が言うと、「うん、維持費さえ確保できれば残してもいいんだ」と。 一さんの家、そして震災後の亡くなられた良男さんのお家。この2軒が並ぶ景色は小滝を象徴するもの。早急に維持費、修復・保全費の問題の解決策を含めた保 全計画を立案し、壊さないで残す道をひらきたいと考えています。

一さんのお家。左に見えるのが良男さん宅。



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