天狗舞の里:極野に行ってきました
- 被害記録/村内写真
- 2011.04.16 Saturday
昨夕につづき、東部方面の状況を見ようと思い、午前中、いちばん奥の極(にて)野(の)集落まで行ってきました。極野を訪れるのは地震当日の午前中に行って以来です。
知り合いの藤木八十(やそ)治(はる)さんを訪ねました。八十治さんのお家は集落の一番高いところ、急坂の上にあるため、冬は車で上がるのが大変なのですが、道路にすでに雪はなく、家の前まで車で行けました。
八十治さんが玄関に出て来られて最初の話題は4月12日朝の地震のこと。あの地震は3月12日以来の地震とは震源域が異なるものと気象庁から発表されており、栄村と木島平村が震度5強でした。
八十治さん曰く、「あれはおらほのところが震源のようだ」と。山を挟んで極野のちょうど裏側が木島平村なのです。
<唯一の大きな被害がお宮>
「どうですか、極野はあまり被害はなかったですか」とお尋ねすると、「そうだね。ただお宮がやられて大変なんだ。お宮の裏側がぬけたんだ」というお答え。
さっそく、お宮に案内していただきました。
上の写真は八十治さん宅の横手からお宮方向を見たものです。木立の中にお宮の赤い屋根がわずかに見えます。裏手に山がありますが、お宮と山の間が谷になって、北野川が流れています。
写真の木立のところに見える雪のところを上り始めると、つぎの写真の様子が目に飛び込んできました。
土台の一部がなくなり、傾いているお宮をロープで引っ張り、支えているのです。
正面にまわってみると、お宮がかなり傾いていることが一目瞭然です。
そして、地盤がぬけているという裏手にまわってみました。次頁の写真をご覧ください。
すぐ下は北野川への崖‐谷です。お宮の建物を支えるために、おそらく昨日のことだと思われますが、側面にかなり強力なつっかえ棒を新たに入れたとのことです。


<「ずいぶんと奉納してきたんだが」、「お宮が被害を一身に受けてくれた」>
この小見出しの言葉は両方とも八十治さんのものです。むらの人のお宮に対する思いが伝わってきます。
ご存じの方も多いと思いますが、極野のお宮は8月下旬のお祭りでの天狗舞がよく知られている由緒あるお宮です。このお宮を修復して、今年の夏も見事なお祭りを是非ともやりたいものです。
お宮という話になると、「政教分離」の原則から修復に公費を投じることはできないと言われます。しかし、集落のお宮は宗教施設ではなく、あえていえば集落のコミュニティ施設とでもいうべきものです。公民館とお宮。この二つは集落の人びとの心の拠り所だと思います。
公費の投入が難しいというのならば、極野のお祭りを楽しんだことがある人たち、民俗学の調査・研究で極野を訪れた人たち、さらに極野の美味しい山菜やキノコを食したことがある人等々からご支援をいただき、集落の人たちと力を合わせ、お宮の再建を実現したいと思います。
16日夜に集落の会議が開かれるとのことですので、その結果を待って、みなさんにまた課題を提起したいと思います。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事



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