対照的な様子 ― 東部谷の県道を走って
- 公的支援
- 2011.04.15 Friday
宮野原橋を渡り、国道117号線から県道に入り、雪坪、志久見、柳在家、切欠、長瀬、笹原、当部、北野と進みました。この時はまだ薄暮状態で、道路状態がよく見えました。
私はこのコースを3月12日地震当日の朝に一度走っています。また、3月19日、さらにもう1回(3月下旬)にも走っています。
宮野原から雪坪に至る間、切欠のあたりでは道路にかなり大きな亀裂や段差があったのを記憶しています。また、とくに長瀬を越えて当部に至る間に志久見川側の路肩が大きく崩れている箇所がありました。
私はこのコースを3月12日地震当日の朝に一度走っています。また、3月19日、さらにもう1回(3月下旬)にも走っています。
宮野原から雪坪に至る間、切欠のあたりでは道路にかなり大きな亀裂や段差があったのを記憶しています。また、とくに長瀬を越えて当部に至る間に志久見川側の路肩が大きく崩れている箇所がありました。
ところが、今夕走ってみると、亀裂や段差はアスファルト補修されていて、ほぼスムーズに走行することができました。また、路肩が崩れた箇所はさす がにまだ修復されていませんでしたが、大きな崩れがある箇所では、危険がないように、ガードレールの位置そのものがセンターライン付近に移す措置がなされ ていました。

(薄暮状態であまり鮮明な写真ではありませんが、上写真参照)
北野に立ち寄った後、天代から野口を経て天地に行き、帰りは野口から原向を経て長瀬に出るコースをとりました。原向〜長瀬間は崩落のあった区間がありますが、復旧工事がすでに進められており、地震直後の通行止めは解除されていました。
天代〜野口間、また野口〜天地間も、3月19日に走った時は道路の亀裂が多く、とても走りにくい状態でしたが、今日は北野までの区間と同様、亀裂はアスファルト補修され、走行にさほどの支障がありませんでした。
私 は毎日、青倉に行くたびに、国道117号線から集落内道路に入って途端、道路の段差や亀裂をよけながら車を運転しています。また、小滝に向かう時は、2車 線のうち千曲川側の1車線が陥没し、残る1車線も車1台が通るのにギリギリの道幅になっている所を通ります。そして、集落に入ると、共同駐車場の前あたり は道路の真ん中に大きな亀裂が入って状態のままになっています。
そういうわけで、道路の亀裂などの修復はまだまったく手つかずの状態が当たり前なのだと思っていました。
ところが、今夕、東部谷、さらに天地に向かう道を走ると違うのです。
この違いは何故でしょうか。

県道と村道の違いだと思われます。東部谷、北野〜天地間を走ると、「県北信建設事務所」名の工事告知看板が出ています(上写真)。
そして、長瀬〜原向間の道路崩落現場の修復工事は4月20日までとなっていますし、貝廻坂の工事も6月1日までとされています。
県 の力をもってすれば、この程度の修復工事はそんなに大変なことではないのでしょう。それに対して、小さな村である栄村にとって、村道の至るところを修復す ることは容易ではないのでしょう。4〜5日前に青倉の集落内道路(村道)を見廻っている知り合いの役場職員に出会いました。役場職員は懸命に頑張っている と思います。しかし、ここは緊急事態ですから、村道の修復にも県の力を貸してもらうという措置もあっていいのではないでしょうか。県も断らないだろうと思 います。それが村の“自立”“自律”を損なうことになるとは、私には到底思えません。
<迂回路の確保を>
と ころで、地震1ヶ月目の12日朝、震度5強の地震で国道117号線栄大橋が一時、通行止めになりました。幸い、「異常はない」ということで通行が再開され ましたが、あの時、3月12日の地震で大きな損傷を受けている栄大橋がさらに傷み、通行不能となれば、栄村は栄大橋を境に東西に分断され、なんと上越市を 経由しなければ往来ができない(少なくとも3時間はかかるでしょう)という事態になったのです。
いま橋と道路の大きな段差、さらには橋脚 の損傷で通行不能になっている中条橋が復旧していれば、栄大橋が不通になっても辛うじて、村の東西分断は避けられます。中条橋の復旧自体、素人考えでも 1ヶ月や2カ月で出来るものではない大工事だということはわかりますが、早急に手をうたないとまずいのです。
県、さらには国に働きかけて、早急な対策をうたなければならないと思います。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事



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