農業被害状況での取材が増えています
- 農業再建問題
- 2011.04.09 Saturday
ちょっと振り返ってみると、ここ2日間ほどでしょうか、農業の震災被害状況についてのメディアの取材申し込みが増えています。
これが喜ばしいことなのかどうか、一概にはいえません。ただ新しい取材ネタとして焦点化されたのか、それとも栄村の復興にとっての農業被害の重大性を真に理解されてのことなのか。後者であることを期待しつつ、この数日レポートしてきたことにもう少し新しい視点をくわえて、農業に関する問題について報告したいと思います。
畜産や菌茸農家の場合
栄村は農の営みが暮らしの中で占める比重が非常に大きいのですが、専業農家はあまり多くありません。その中で、ほぼ全員が専業農家だというのが畜産や菌茸栽培の農家です。
昨夜、関係者から聞いたことですが、農協菌茸部会栄支部の震災後初めての会合が昨日もたれたそうです。その関係者の話によると、とくにえのき(えのき茸)栽培農家は栽培施設が壊滅的な被害を受け、果たして再起が可能かどうか、非常に厳しい状況だとのことです。栽培設備を新たに一からつくるとなると、その投資額は半端なものではありません。
同様のことは、肉牛、乳牛を問わず、畜産関係の場合もいえると思われます。ましてや、同時に自らの住宅も大きな災害を受けていて、住宅の復興と栽培や飼育の設備の復興の両方を同時にやらなければならないとなれば、いよいよもって事態は深刻です。
これらの農家は、農業経済(学)での一般的な言い方をすれば農業経営体ということになります。昨今の市場至上主義的な経済学の議論では、農業経営体も2次・3次産業の企業と同じく、「ビジネス」として捉えられ、震災で被害を受けた生産設備の復旧も企業(経営体)責任で行うのが当然という論理が罷(まか)り通りかねません。
村を守るという視点でのアプローチが必要
しかし、菌茸栽培にせよ畜産にせよ、それは一個人の経営の問題にとどまるものではなく、村の存立に関わる重大問題です。軒数が限られるとはいえ、菌茸栽培農家や畜産農家が頑張っていることが栄村の産業構成を成り立たせているのです。仮に1軒の農家が菌茸栽培なり畜産なりをやめざるをえなくなったとしたら、それはただ1軒の農家が姿を消すという問題ではとどまらず、栄村から1つの産業が姿を消していくということに直結するのです。
この種の問題に〈村を守る〉という視点からアプローチすることが必要だと思うのです。
復興公社という発想
菌茸栽培や畜産の専業農家の復興には公的な支援が不可欠です。
今回の東日本全域にわたる大震災に対して、国や県のレベルで当然、そうした措置が検討されていくと思いますが、それをただ待っているだけではだめで、村の独自の創造性の発揮、村からの提案がなければならないと思います。
そこで、私はこんなことを考えてみました。
村として、菌茸栽培や畜産で最低限死守しなければならない生産目標を明確にし、それに必要な栽培施設や牛舎等を公費で再建・建設する。そのための公費の調達には、おそらく国レベルで構想されるであろう復興債や過疎債を活用する。
そして、自力復旧が困難な農家の人をそれら施設の従業員として雇用し、栽培・生産活動を行う。
もちろん、究極的には、自立する栽培農家、畜産農家の再興がを目標としなければならないでしょう。
そこで、5年後なり10年後なりには、栽培施設等の適切な価格での専業農家への払い下げをあらかじめ予定する(払い下げは一括支払いでのものもありうるし、年賦払いでのものもありうる)ものとします。その5年間なり10年間なりの間に個々の農家には自立への体力を培ってもらうわけです。
こうしたことを進める場合、栽培施設等を村が直接経営するというわけにはいきませんから、復興公社という独立の経営体を設けるのがよいのではないかと考えます。復興公社は公的支援を受けて経営されるわけですが、当然のことながら赤字でいいわけではなく、販売のことも含めて経営責任が厳しく問われるものでなければなりません。いわゆる第三セクターによく見られる、平気で赤字を出し続けるような体質のものであってはならないということです。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール
これが喜ばしいことなのかどうか、一概にはいえません。ただ新しい取材ネタとして焦点化されたのか、それとも栄村の復興にとっての農業被害の重大性を真に理解されてのことなのか。後者であることを期待しつつ、この数日レポートしてきたことにもう少し新しい視点をくわえて、農業に関する問題について報告したいと思います。
畜産や菌茸農家の場合
栄村は農の営みが暮らしの中で占める比重が非常に大きいのですが、専業農家はあまり多くありません。その中で、ほぼ全員が専業農家だというのが畜産や菌茸栽培の農家です。
昨夜、関係者から聞いたことですが、農協菌茸部会栄支部の震災後初めての会合が昨日もたれたそうです。その関係者の話によると、とくにえのき(えのき茸)栽培農家は栽培施設が壊滅的な被害を受け、果たして再起が可能かどうか、非常に厳しい状況だとのことです。栽培設備を新たに一からつくるとなると、その投資額は半端なものではありません。
同様のことは、肉牛、乳牛を問わず、畜産関係の場合もいえると思われます。ましてや、同時に自らの住宅も大きな災害を受けていて、住宅の復興と栽培や飼育の設備の復興の両方を同時にやらなければならないとなれば、いよいよもって事態は深刻です。
これらの農家は、農業経済(学)での一般的な言い方をすれば農業経営体ということになります。昨今の市場至上主義的な経済学の議論では、農業経営体も2次・3次産業の企業と同じく、「ビジネス」として捉えられ、震災で被害を受けた生産設備の復旧も企業(経営体)責任で行うのが当然という論理が罷(まか)り通りかねません。
村を守るという視点でのアプローチが必要
しかし、菌茸栽培にせよ畜産にせよ、それは一個人の経営の問題にとどまるものではなく、村の存立に関わる重大問題です。軒数が限られるとはいえ、菌茸栽培農家や畜産農家が頑張っていることが栄村の産業構成を成り立たせているのです。仮に1軒の農家が菌茸栽培なり畜産なりをやめざるをえなくなったとしたら、それはただ1軒の農家が姿を消すという問題ではとどまらず、栄村から1つの産業が姿を消していくということに直結するのです。
この種の問題に〈村を守る〉という視点からアプローチすることが必要だと思うのです。
復興公社という発想
菌茸栽培や畜産の専業農家の復興には公的な支援が不可欠です。
今回の東日本全域にわたる大震災に対して、国や県のレベルで当然、そうした措置が検討されていくと思いますが、それをただ待っているだけではだめで、村の独自の創造性の発揮、村からの提案がなければならないと思います。
そこで、私はこんなことを考えてみました。
村として、菌茸栽培や畜産で最低限死守しなければならない生産目標を明確にし、それに必要な栽培施設や牛舎等を公費で再建・建設する。そのための公費の調達には、おそらく国レベルで構想されるであろう復興債や過疎債を活用する。
そして、自力復旧が困難な農家の人をそれら施設の従業員として雇用し、栽培・生産活動を行う。
もちろん、究極的には、自立する栽培農家、畜産農家の再興がを目標としなければならないでしょう。
そこで、5年後なり10年後なりには、栽培施設等の適切な価格での専業農家への払い下げをあらかじめ予定する(払い下げは一括支払いでのものもありうるし、年賦払いでのものもありうる)ものとします。その5年間なり10年間なりの間に個々の農家には自立への体力を培ってもらうわけです。
こうしたことを進める場合、栽培施設等を村が直接経営するというわけにはいきませんから、復興公社という独立の経営体を設けるのがよいのではないかと考えます。復興公社は公的支援を受けて経営されるわけですが、当然のことながら赤字でいいわけではなく、販売のことも含めて経営責任が厳しく問われるものでなければなりません。いわゆる第三セクターによく見られる、平気で赤字を出し続けるような体質のものであってはならないということです。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール



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むらたびは、体験イベントを通して栄村の〈むららしい暮らし〉や自然を満喫し、栄村の復興に繋げる新しい旅です。






