美術の高校で知った、自分の絵のレベル

シマリスのイラスト リスのこども 絵本タッチ シマリスの親子の絵

こんにちは、イラストレーターのいぬいさえこInui_Saekoです。

 

フリーランスで10年以上、イラストレーターを続けています。

 

イラストレーターになるには?シリーズ第1弾として、絵の仕事に関心がある方にお役に経てば、と思いこれまでの歩みをつづっています。

 

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芸術系の大学以外に進学した理由

最初にお話しておくと、芸大や専門学校やデザイン事務所に通ってはいません。

 

環境社会学という絵とは関係ない学部に在学中に、いきおいで独立してイラストレーターになったので、メインルートからはたぶん外れた進み方をしています。

 

こんな方法もあるんだなーという、体験談の一つとして、楽しんでいただければ嬉しいです。

このおはなしは、高校生編。

 

美術の高校で、絵のスキル以上に学んだことは「絵がうまい事はゴールじゃない」という気づきでした。

 

芸術系ではない進路を選んだ、キッカケのお話です。

子供の頃からイラストの仕事が夢だった。

読書のイラスト リスのこども 絵本タッチ 本を読む女の子の絵子供の頃から、絵を描く事と、小さな動物が大好き。

 

小学生のころには、野生動物の為になにかできる人になりたい、と思うようになっていました。

 

大きくなったら、動物保護を伝える漫画家とか、絵本作家になりたい!

 

そう意気込み、せっせとノートに絵を描く日々。

進んだ高校は…みんな絵がうまい

そこから芸術に特化した高校に進み、美術科で3年間、どっぷりとデッサンや日本画づけの毎日を送りました。

 

そこは各中学校で1番絵が上手い人が、一同に集結したようなクラス。

 

あたりまえですが、クラスメイト全員、とても絵がうまい

 

この環境の中で「絵がうまい」という事はアイデンティティにはならないと、お腹のそこから味わいました。

 

絵が上手なことって、ぜんぜん特別なことじゃない…

 

ここではあたりまえの事なんだ

 

それは、お腹のそこからジワジワ味わうようなショックでした。

絵が得意であることで、生きていく自信を保っていた

なぜなら私は、中学のころ気が弱くていじめにもあってて、自信をへし折られる日の連続。

 

足をけがして松葉付けをつくなか、クラスの女子の大半に荷物持ちをさせられたり、理不尽な思いを色々していました。

 

アイドルや芸能人やドラマの話にも興味がもてない。話についていけない。

 

気になる番組は、強いていえば「天気予報」

 

アイドルの歌や話題のテレビより、部屋を暗くして、静かにオカリナの穏やかな曲を聞きいて、ヤマネやオコジョなどの森の生き物の写真集を眺めるのが好き。

 

なんだか浮いているよなぁ、と自分でもすごく感じていました。

 

おまけに人とトラブルになるのが大嫌いで、やられても反撃は一切しないタイプ。

 

学年中で流行った「不幸の手紙を一手に引き受ける」という時期もありました。

 

そんな中学時代の心の拠り所が「絵がうまいこと、絵が好きなこと、絵の努力をしていること、は誰にも負けないぞ!」という小さな負けん気とプライド。

 

どれだけいじめられても「絵に関しては、たぶん自分はすごい人間だ!」、生きていく価値はあるはずだ!と、自分を奮い立たせていました。

 

(クソ真面目な性格でもあったので、休めませんでしたが、いま思えば、登校拒否したってよいレベルだったかもしれません。)

描く意味が欲しかった高校時代

小~中学校の暗黒時代とは一転、絵が大好きな人達が集まった高校時代。

 

みんな、好きなものが明確な為か、自分の世界をもっていて、人と変わってる事が、むしろ評価されるクラス。

 

友達はいい意味でみな飄々としてて、趣味や関心を周りに合わせなくていい事の開放感といったらもう、最高でした。

 

みんなハマっているものが何かしら違ってて、ヘンテコで楽しい空間。

 

そこは素の自分を出せる、安心できる場所でした。

 

授業内容も美術の時間がたっぷり、友達もとの時間もただ楽しく、毎日お腹がよじれる程笑う3年間。

 

えー!?学校ってこんなに楽しい所なの?!と初めて知り驚く毎日。

 

一方で、不思議と「私の絵の世界は、まだまだ空っぽのかもしれない…」という感覚がジワリと大きくなっていきました。

 

絵が上手い人にかこまれて、自分は何者なのか

絵が上手なことが、あたりまえのクラス。

 

絵の世界で、技術を極めるだけでは、何者にもなれないんだ。

 

この事実を若い時に噛み締められたのは、よい経験でした。

 

絵の仕事を10年続けて思うのですが、この原則は、社会に出たあとの、仕事の現場やイラスト業界でも全く同じでした。

 

絵の表現スキル(技術)が秀でているのは、あたりまえの世界。

 

たとえ学校でたばかりの新人でも、その道何十年のプロと同じ土俵で、仕事を獲得していかなくてはなりません。

 

シマリスのイラスト 絵本タッチ シマリスの絵
自分は、なにができるんだろう…? 絵がうまい以外に、何があるのかな?

空っぽな自分からは、きっと空っぽな絵しかうまれない。

 

言いたいこと、考えていること、感じたこと

 

…表現したい事があっての、表現なんだ。

 

高校時代、絵のうまい友人にかこまれたことが、そのことにじっくり向き合うきっかけになりました。

 

絵のスキルを磨くことは、鎧ではなくなった

…と、ここまで書いてきて気づきました。

 

絵で表現したいことに、高校時代にきちんと向き合えた、もう一つ深い理由。

 

高校では「絵の技術を磨くこと」が、自分の自尊心をまもる為の鎧(よろい)ではなくなったからかもしれません。

 

高校ではだれも私のことを、理不尽に馬鹿にしたり、いじめたりしませんでした。

 

クラスメイトの絵のうまさにライバル心を抱くことも、たくさんありました。

 

でもそれは、尊敬のような気持ちだったり、友達を好きだという気持ちがベースにあります。

 

けっして「バカにされたくない」というようなモノではありませんでした。

 

「私はイジメてる人達に負けないもの(絵の表現力)を持ってる」

 

「馬鹿にされる理由はない」

 

「私にも生きる価値は、たぶんあるはず」

 

絵の技術を磨くことを、中学の頃のように、イジメに耐えることに紐づけなくても、よくなっていたんです。

 

自分は、この世界にいていい存在なんだ。

 

そんな静かな安心感がありました。

 

磨いていく絵の技術は、なにか世の役に立つことに使ってみたい。

 

静かな確信と、ワクワクとした気持ちで、そう思えるようになっていました。

画力を磨くこと以上の、人生の収穫があった

「絵がうまい事はきっと、ゴールじゃない」

 

同年代、同じ土俵で、絵がうまい友人に囲まれて、そう気づきました。

 

みんなのレベルが高くて、絵がうまいことが、ここでは自分を守る術にはならない

 

そもそも絵がうまい事で、自分を守らなくても良いんだ。

 

だかだこそ、「じぶんは絵で何を表現できる人になりたいのだろう?」

 

絵のスキルやデッサン力は、コンクールや受験で、順位がつくような相対的なもの。

ニホンヤマネのイラスト 森の動物の絵 鉛筆

だからこそ「何を表現したいか」「何を考えているのか」

 

…比較のできない、自分にしかないものを掘り下げてみたくなりました。

 

やっぱり絵が好き。絵の仕事に就きたい。それで死ぬまで絵を描く人生をおくりたい。

 

そんな風に人生スパンで考えると、若いうちに”表現したい何か”の基盤を創っておく事が、20代の最初に最もやるべきことのように思えたのです。

 

からっぽな自分からは、人生ずっと、空っぽなものしか生まれない。

 

そんな風に思い、子供の頃からの夢でもあった「動物の保護」を学べるよう、環境社会学科へ進学しました。

 

 

【つづき】イラストレーターになるまで その2 大学編

 

大学編は絵の環境からはなれて、超手探り期。でも今の絵の仕事に生きるものをたくさん生み出した時代です。

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小さな生きものイラストレーター いぬいさえこ
小さな生きものイラストレーター いぬいさえこ
リス・野ネズミ、こども・繊細なものを描いています。ものごとを掘り下げて考える過程が好き。大学では環境問題や文化を研究。

コンセプトから立ち上げるものづくりが得意です。防犯・教育・環境など、社会とつながるデザインの仕事に多く携わってきました。

正論だけじゃ、人は動けない、解決しない。
どんな課題も、スプーン一杯の遊び心で、笑顔に変わる。
アートにはそんな魔法の力があると信じています。

仕事実績 /レーベル
大阪市 堺市 大阪府警察 東京大学 大阪府立大学 滋賀県知事 日本学術会議 日本損害保険協会 ポニーキャニオン 宝くじ

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