坪野集落
- 被害と復興の様子
- 2011.09.30 Friday
地震被害が大きかった集落の1つに坪野集落があります。私のレポートでは1回しか取り上げることができていなくて、申し訳ないと思っています。27日、この「復興への歩み」の村内配布を担当してくれているNPOスタッフの山内拓也さんから、つぎのような報告を聞きました。
そこで28日午後、山内さんと一緒に坪野に行き、その様子を見せていただいてきました。


右奥の作業場につづく立派な舗装路ができています。その舗装路の左手の木枠で囲まれている部分が「土がまた流れないように処置をして」という部分だと思われます。この部分の上方は右写真のように土手が崩れたままの状態になっています。
それにしても、一度は長野市に移るという話も出ながら、あくまでも坪野で暮らし続けると決意され、このような修復工事までされている斎藤さん。むらの復興へ、大きな力をいただいたという実感です。私は身一つでなかなか十分には村内すべてを廻ることが難しいですが、今後、坪野に通わせていただく頻度を高めたいと思っています。

稲刈り作業される斎藤秀男さん(撮影:山内拓也、10月27日)
斎藤秀男さんが坪野から上に上がって野口へ抜ける道の途中の田んぼで稲刈りをされていました。秀男さんの家の横にある、稲を乾燥させる作業場への道はもともと崖を削って作ってありましたが、地震で崩れ落ちて軽トラどころか人が通れるくらいしかない幅になっていました。
それを崖とは反対側に道を拡張させる工事をして、軽トラが通れるようになりました。業者は他の現場に行かなくてはいけない為、土がまた流れないように処置をして、今年の工事はここまでで終わりだそうです。「稲刈りまでに車が通れるようになって間に合って良かった。」とおっしゃっていました。母屋も傾いていたり、風呂など内部も被害が大きくまだ直っていません。秀男さんはかあちゃんと二人暮らし。
地震が起きて長野にいる息子さんの家に行くという話も出ましたが、とうちゃんが残りたいということで2人で残ることに決めたそうです。
そこで28日午後、山内さんと一緒に坪野に行き、その様子を見せていただいてきました。


右奥の作業場につづく立派な舗装路ができています。その舗装路の左手の木枠で囲まれている部分が「土がまた流れないように処置をして」という部分だと思われます。この部分の上方は右写真のように土手が崩れたままの状態になっています。
それにしても、一度は長野市に移るという話も出ながら、あくまでも坪野で暮らし続けると決意され、このような修復工事までされている斎藤さん。むらの復興へ、大きな力をいただいたという実感です。私は身一つでなかなか十分には村内すべてを廻ることが難しいですが、今後、坪野に通わせていただく頻度を高めたいと思っています。

稲刈り作業される斎藤秀男さん(撮影:山内拓也、10月27日)



RSS1.0


むらたびは、体験イベントを通して栄村の〈むららしい暮らし〉や自然を満喫し、栄村の復興に繋げる新しい旅です。






