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長野県栄村で活動するNPO法人です。被害や復興の状況を、理事である松尾真のレポートを元に更新していきます。

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復旧とは、そして復興とは

ここからは、9日午前の西山田農道復旧作業を見に行く前に書いたものです。

●早や2ヶ月
 地震から間もなく2ヶ月。長かった2ヶ月でもあり、アッという間の2ヶ月だったとも言えます。
 周りの景色もすっかり変わりました。3月下旬になっても一晩で4〜50cmの雪が積もったときは「いつになったら春が来るのか?」とも思いましたが、いまはもう残雪の姿を見つけるのが難しいくらいになりました。
 それと共に、震災からの復旧にむけての私たちの日々の取り組みも徐々に変わってきたというか、多面化・複合化してきています。当初の家の片付け、水道の復旧といったことから、家の修理・再建、田んぼや農道・水路の被害調査・復旧活動等々へ。集落全体での復興への取り組みも始まっています。


●復旧とは
 これまでに何度か、〈復旧と復興〉について考えたことがあります。
復旧――もとの形に戻す。原形復旧
復興――再び盛んになること。以前よりもよい形に

ということです。
 したがってまた、「単なる復旧ではなく、復興へ」などとも言ってきました。そのように言うと、「復旧」ということはあまりベターなことではないような感じもするかもしれないのですが、けっしてそうではなく、復旧は非常に大事なことです。
 ちょっとややこしい言い方になるかもしれませんが、復旧をどのように進めるのかによって、単なる復旧(原形復旧)にとどまることもあれば、よりよい形にする復興に発展していくことが可能にもなる――そういうことがあると思います。具体的な事例で考えてみたいと思います。


● 青倉・西山田の農道をどのように修復するか

 青倉では、7日、9日と西山田の農道の修復作業(道直し)が集落の人たちの手で進められています。
 7日は、亀裂が入った農道のコンクリを剥がし、亀裂や段差を埋める作業が行なわれました。そして9日は村から生コンの現物支給を受けて、農道の簡易舗装を自力でやるという段取りです。
 この生コンの現物支給をめぐる集落(区)と役場の交渉の中で、ひとつの問題点が浮かび上がってきました。
 集落では、つぎのように考えました。
農道の路肩が崩落している箇所が多数ある。路肩の下の斜面が崩れていて、これを自力修復工事で直すことはできない。山側を削って道を少し左側へ移すことで、農道を軽トラ等が通行できる道幅を確保する。したがって、その新たに道にする部分を舗装する生コンも必要だ。

 これに対して、役場の担当者の返答は、つぎのようなことでした。
復旧工事は原形復旧である。したがって、新たに道を広げた部分の舗装は原形復旧ではないので、復旧のための生コン現物支給の対象とならない。


 双方で話し合いを続けた結果、集落側の主張が認められ、集落が考えた通りの復旧工事が行なわれることになったのですが、この事例は〈復旧とは何か〉を考えるうえで、非常に大事なことを含んでいると思います。

つぎに、こういうことを考えてみる必要があると思われます。
 青倉集落が進めている西山田農道の復旧工事には、ただ「マイナスをゼロに戻す」だけでなく「ゼロに戻すことを超えてプラスにする」側面があるのでは? ということです。
 結論からいえば、西山田農道の復旧工事には「プラスにする」面があきらかにあるのです。しかし、それは原状復旧の範囲を逸脱するものではなく、復旧を復興へ発展させる道筋をつける賢い創意工夫だと評価すべきものだと思います。この点をもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。


● 復興への道をひらく復旧
<そもそも危険な農道>
 もともと、西山田の農道は、他の集落の人からは「あれは道ではない」と酷評されていました。そればかりか、集落の中でも西山田に田んぼを持たない人は「あんな危ない道には行きたくない」と言います。道幅が狭いことが一番の理由ですが、道幅が狭いために路肩スレスレに走らざるを得ず、非常に危ないのです。私は村に移り住んで初めて車の免許を取得し、初めて走った農道が西山田の農道だったものですから、人に言われるまでは農道とはこんなものだと思っていました。でも、たしかに他の集落に行ってみると、こんなに道幅の狭い農道はそんなにあるものではないことが徐々にわかってきました。
 狭くて危ないというだけではありません。
 地震がなくても、少し大雨になると、路肩が崩れることがしばしばあるのです。私が移住してからの4年間でもかなり大規模な崩落が起こっています。
 逆にいえば、今回の震災は、西山田農道の随所で亀裂や路肩崩れを引き起こし、通行不能にすることで、西山田農道の問題性を厳しく突きつけたのだというべきでしょう。

<安全で災害にうちかてる農道を>
 ですから、今回の震災からの復旧過程では、この西山田の農道の問題点を解決し、少々の災害があっても大丈夫な農道、平素から農作業時の事故を起こさない安全な農道にする機会にすべきなのです。
 そうでなければ、余震がまだまだ懸念される中で、一度は復旧してみたが、また通行不能になるという事態を繰り返すことになりかねません。

<復興をみすえた復旧を>
 今回の応急復旧作業で、写真7、8などで示した箇所は道幅が少々拡げられたでしょう。しかし、ここまでに述べてきたことから、それは「復旧の範囲を逸脱する」ものではないといえます。また、路肩には基本的に手をつけていませんが、それはより本格的な復旧工事に委ねる(これには専門的な知識と技術が必要だと思われる)との考えによるものです。
 総じて、「よりよい農道にする」という“復興”につながる応急復旧だということができます。そして、こういう応急復旧のあり方こそ、復興にむけて望ましい復旧のあり方だと考えるべきだと思うのです。
 このような考え方が、農道以外の問題でも必要だと思うのですが、いかがでしょうか。