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長野県栄村で活動するNPO法人です。被害や復興の状況を、理事である松尾真のレポートを元に更新していきます。

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青倉の田んぼ:四つ廻り(4/4レポートの参考資料)

 青倉には大きく分けて5つの田んぼゾーンがあります。田原(集落の里地)、西山田(お馴染みのところで、ここでは城ヶ館(じょうごだて)を含めます)、北坂ノ上(スキー場近辺)、今泉(元は独立の集落、1970年代に人は青倉に移転)、そして四ッ廻りです。その四ッ廻りをご紹介します。


 上はスキー場から撮ったものですが、家並みが見えるのが青倉集落です。(写真イ)写真中央に見える川が千曲川。写真ではその右側に尾根が突き出ている部分がありますが、その先端部分が四ッ廻りです。


こちらは志久見街道の眺望地点から撮影したもので(京都精華大学・甲斐聖子さん5月2日撮影)、千曲川の上方に青倉集落が小さく見えます。(写真ロ)そして、写真の千曲川左手に写っている部分(写真の左半分の大半)が四ッ廻りです。

 上の写真の上方には関田山脈が見えますが、青倉の辺りだけ関田山脈から尾根が突き出してきています。西山田もその尾根上にあります。この尾根はいまでも少しずつ関田山脈から押し出してきているそうで、「抜け間」という地名があると聞いています。そして、その「抜け間」が訛ったのでしょうか、四ッ廻りの付け根あたりの位置に「のけま」という屋号のお家があります。

地名の由来
 「四ッ廻り」という地名の由来ですが、(上の左写真では写っていないのですが)西から流れてきた千曲川が、この尾根の突き出しのために、いったん南に下り、少しまた東方向に流れた後、今度は北にむかって流れ、青倉集落のところで再び東方向に流れます。千曲川が計4ヶ所で曲がる(廻る)わけですね。そこで「四ッ廻り」という地名が生まれたものと思われます。

千曲川の縁まで田んぼを作った

 左の写真は志久見街道から千曲川の対岸を撮影したものです(写真ハ)。前頁の写真ロで千曲川が白くしぶいている箇所がありますが、その辺りをクローズアップして撮りました。よく見ると、対岸に少し平らな部分(木が生えていない)があります。ここは以前、田んぼだったところです。

 野々海池で築堤工事がされ、野々海の水が青倉にも来るようになる(昭和24〜29年)まで、西山田には水があまりなく、田んぼは数えるほどの枚数しかありませんでした。そこで、青倉の人たちは横倉沢川という川から水を引く四ッ廻りに可能な限り多くの田んぼを作ったのです。当時は汲み上げポンプなどない時代ですので、こんなに千曲川のすぐ傍にあっても、水は千曲川から取ったのではありません。

 川に近いところは砂地があって、四ッ廻りの耕土は非常にいいそうです。ただし、水持ちはよくなく、耕作には苦労するようです。

こんな所にもまだ田んぼがあるの!!

四ッ廻りには、青倉から旧国道を長野方向に走り、(写真ニ)


隣の横倉集落との中間点、横倉沢川に架かる橋を越えた所で左に入ります。(写真ホ)


木の葉が茂っていない時期ですと、右手には千曲川と小滝の田んぼが見えます。(写真ヘ)


左手は横倉沢川沿いに田んぼがあります。(写真ト)


しばらく行くと、四つ廻りの田んぼがつぎつぎと見えてきて、それを左手に見ながらどんどん進んで行きます。(写真チ)


かなり進んで、(写真リ)


行き止まりになります。(写真ヌ)

 私が初めて四ッ廻りを訪れたとき、田んぼはこれだけと思ったのですが、もう一段下、千曲川に近い所に田んぼがあると聞いてびっくり。


なるほど、先ほどの道から左の方に分かれた道がさらに分かれて下の方に向かっている。(写真ル)


そこを進むと、また田んぼがたくさんあるのです。(写真ヲ)
ここは「行き止まり(写真ヌ)」の左側に見える杉林の下になります。
 

 「行き止まり(写真ヌ)」の田んぼと写真ル・ヲの田んぼの間(杉林が見える所)には上の写真に見えるほどの段差があります。(写真ワ)


 そして、写真ヲのすぐ左手を見ると、上の写真のように、すぐ傍に千曲川が流れているのです。(写真カ)

 千曲川の河原といってもいいような場所(最初の写真イ)の田んぼはさすがに今では放棄されていますが、今でも「こんな所に田んぼが!」と驚くような所まで耕作が続けられているのです。

 四ッ廻りは、西山田の棚田とはまた別の意味で、青倉の人たちの米作りへの思い入れの深さとでもいうべきものに心打たれる場所です。(お米のふるさと便り第20号より)