地すべり面について
- 被害と復興の様子
- 2012.10.02 Tuesday
ここからは、前号でお伝えした伊那谷自然友の会の方々の栄村見学にお付き合いする中で学んだことの報告です。テーマは「地すべり面について」です。
栄村には地すべり面がたくさんあります。
秋山地区の地すべり面については白水智さん編の『新・秋山記行』の21〜24頁に詳しい説明を見ることができますが、水内地区についての説明が簡単に読める書物はいまのところ入手していません。
しかし、昨年3月12日の地震発生直後から、専門家のお話などを聞くと、「ここは過去に地すべりが発生した箇所だ」とか、「ここは地すべりの危険がある」という指摘を受けることが結構あります。
今年の融雪期、上越市板倉地区で大きな地すべり被害が発生した事実もありますから、3・12地震についてさらによく知るためにも、そして今後の防災のためにも、地すべりについて学んでおくことが必要だと思います。
私はまったくの素人ですが、専門家からお聞きした話を再現して記述したり、本で知り得たことをまとめたりし、また、その私の記述を専門家にチェックしていただくことで、地すべりについての認識を少しずつでも深めていきたいと思っています。
まず、下の2枚の写真をご覧ください。

写真A

写真B
それぞれの写真に赤線で囲みを入れましたが、この2つの箇所は専門家の方から地滑りでできた地形だと教えていただいたところです。
いずれも、古道・志久見街道の「絶景ポイント」(後掲の地図参照)から水内地区(関田山脈方向)を撮影したものです。
写真Aの赤の囲み線の左手に見える農地は横倉の開田です。したがって、写真Aで赤線で囲んであるのは横倉の開田と横倉沢川の間の山地です。写真Bの赤の囲み線は、スキー場にむかって村道を上がり、青倉のお宮の前を越えた後の大きなカーブを曲がったところで、上り方向の左手に見える山(この山の上が丸山公園)のところです。次頁の地図を参照してください。地図の黄色の地点から撮影しました。
写真Aの地点は、ちょうど、村道横倉〜青倉線が国道117号線青倉トンネルの横倉側口のすぐそばで崩落し、復旧工事にあたって地盤改良が必要となった地点(地図に赤で+印)のすぐ上にあたります。
また、写真Bの地点は、昨年4月11日に新潟大学災害・復興科学研究所の丸井先生から電線の様子から地すべりが生じていることを教えていただいた地点です。
いずれの地点も、山の斜面がすらっとしていなくて、いわば「お腹が出ている」ような感じになっています。

先に挙げた『新・秋山記行』の説明によれば、地すべりは「移動速度が一般に緩慢(かんまん)で断続的に運動する点で『崩壊』や『山崩れ』とは区分され」、「積み重なる地層の一部が脆弱(ぜいじゃく)になると、そこが『すべり面』となり、その上に載(の)る岩盤が低所に向かってすべり始める」という現象をいうそうです。
そして、すべり面の上で滑動する部分を「地すべりブロック」あるいは「地すべり移動体」といい、地すべりブロックが滑動した後に残る背後の急崖を「滑落(かつらく)崖(がい)」といいます。
地すべりが起こった直後は、上記の「地すべりブロック」「滑落崖」がはっきり読みとれますが、地すべり後、時間が経(た)つと、滑落崖の冠頂部は丸みをおびていき、また滑落崖の直下には土砂が堆積して、滑落崖と地すべりブロックの境界が不明瞭になっていきます。写真AやBの地点は滑落崖や地すべり面が明瞭ではなくなっている事例だと言えるでしょう。

新しい地すべり地点の地形
(白水智編『新・秋山記行』23頁より)
栄村には地すべり面がたくさんあります。
秋山地区の地すべり面については白水智さん編の『新・秋山記行』の21〜24頁に詳しい説明を見ることができますが、水内地区についての説明が簡単に読める書物はいまのところ入手していません。
しかし、昨年3月12日の地震発生直後から、専門家のお話などを聞くと、「ここは過去に地すべりが発生した箇所だ」とか、「ここは地すべりの危険がある」という指摘を受けることが結構あります。
今年の融雪期、上越市板倉地区で大きな地すべり被害が発生した事実もありますから、3・12地震についてさらによく知るためにも、そして今後の防災のためにも、地すべりについて学んでおくことが必要だと思います。
私はまったくの素人ですが、専門家からお聞きした話を再現して記述したり、本で知り得たことをまとめたりし、また、その私の記述を専門家にチェックしていただくことで、地すべりについての認識を少しずつでも深めていきたいと思っています。
まず、下の2枚の写真をご覧ください。

写真A

写真B
それぞれの写真に赤線で囲みを入れましたが、この2つの箇所は専門家の方から地滑りでできた地形だと教えていただいたところです。
いずれも、古道・志久見街道の「絶景ポイント」(後掲の地図参照)から水内地区(関田山脈方向)を撮影したものです。
写真Aの赤の囲み線の左手に見える農地は横倉の開田です。したがって、写真Aで赤線で囲んであるのは横倉の開田と横倉沢川の間の山地です。写真Bの赤の囲み線は、スキー場にむかって村道を上がり、青倉のお宮の前を越えた後の大きなカーブを曲がったところで、上り方向の左手に見える山(この山の上が丸山公園)のところです。次頁の地図を参照してください。地図の黄色の地点から撮影しました。
写真Aの地点は、ちょうど、村道横倉〜青倉線が国道117号線青倉トンネルの横倉側口のすぐそばで崩落し、復旧工事にあたって地盤改良が必要となった地点(地図に赤で+印)のすぐ上にあたります。
また、写真Bの地点は、昨年4月11日に新潟大学災害・復興科学研究所の丸井先生から電線の様子から地すべりが生じていることを教えていただいた地点です。
いずれの地点も、山の斜面がすらっとしていなくて、いわば「お腹が出ている」ような感じになっています。

先に挙げた『新・秋山記行』の説明によれば、地すべりは「移動速度が一般に緩慢(かんまん)で断続的に運動する点で『崩壊』や『山崩れ』とは区分され」、「積み重なる地層の一部が脆弱(ぜいじゃく)になると、そこが『すべり面』となり、その上に載(の)る岩盤が低所に向かってすべり始める」という現象をいうそうです。
そして、すべり面の上で滑動する部分を「地すべりブロック」あるいは「地すべり移動体」といい、地すべりブロックが滑動した後に残る背後の急崖を「滑落(かつらく)崖(がい)」といいます。
地すべりが起こった直後は、上記の「地すべりブロック」「滑落崖」がはっきり読みとれますが、地すべり後、時間が経(た)つと、滑落崖の冠頂部は丸みをおびていき、また滑落崖の直下には土砂が堆積して、滑落崖と地すべりブロックの境界が不明瞭になっていきます。写真AやBの地点は滑落崖や地すべり面が明瞭ではなくなっている事例だと言えるでしょう。

新しい地すべり地点の地形
(白水智編『新・秋山記行』23頁より)



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