青倉公民館再建基金の記事に大きな反響
- 公民館再建
- 2011.03.31 Thursday

朝8時16分、ネットワークの携帯電話が鳴りました。登録のない番号だったので、何だろうと思って出ると、「青倉公民館の記事を読みました。口座番号を教えてください」と。
昨日、信濃毎日新聞の取材を受けていましたので、「えっ! そんなに早く反応があるの?!」と思いながら、口座番号をお伝えしました。その後も2本、3本と電話が入りました。記事には問合せ先としてネットワークの携帯番号が書かれていたからです。何人目かの方は、「これから募金活動をやって、集まったものを送る」とのことでした。
本当に有り難いことです。
私は、このことから、震災復興をめぐって2つのことを考えました。
1つは、義捐金一般ではなく、使途・目的を明確にした基金の訴えの大事さということです。
今日、お電話下さった方の中のお一人も言っておられましたが、「義捐金というのは何に使われるの?」という疑問、さらに不信の念をお持ちの方もおられます。正直にいえば、じつは私自身も「義捐金」というものがあまり好きではない人間なのです。当初、栄村ネットワークの義捐金受付をHPで発表した後、行政が義捐金口座を発表しましたが、ネットワーク独自の義捐金口座を堅持したのは、義捐金をお寄せ下さったご厚意を本当に必要かつ有益な目的に使えるようにしたいという思いがあったからです。
そして、屋上屋を重ねかねないのに、ネットワークの義捐金口座に加え、青倉公民館再建基金の独自受付を設定したのもそれゆえです。
今日のお電話でのお申し出では、いずれも公民館の集落にとっての重要性を熟知しておられる方からのものでした。
都会にお住まいの方は、「公民館」と言われてもピンとこないかもしれません。しかし、長野県は今でも公民館活動が盛んな地域が多く、理解が得られやすいようです。
<集落にとっての公民館の大事さ>
私は1年半にわたって1ヶ月に1回の頻度で村を訪ねた後、2007年4月に村に移り住みました。通っているだけではわからないむらの様子が色々とわかるようになってきましたが、最も驚いたことの1つが公民館で集落の寄合が開催される頻度の多さでした。区(集落)の評議員会、常会(集落の中の小組織単位)の集まり、中山間地域等直接支払制度の集落協定に関する会合、消防団の集まり、祭りに関する打ち合わせ会合、……挙げればキリがありません。だいたい、平日の夜7時や7時半からのものが多いようです。みなさん、昼間の農作業や勤めを終えた後に集まり、9時過ぎまでは真剣に議論をされます。勤め先からの帰宅は午後9時以降が当たり前という都会の暮らしでは想像もつかない世界です。
こうした営みによって、集落が維持され、豊かな自然・景観を有する山村が生きたものとして日々再生産されているのです。しかも、その寄合の議論は、近代的な都市型社会の会議などに比べてはるかに民主的だという印象でした。
震災からの復興にとって、全壊した青倉公民館の再建が重要だと考えた所以です。
<震災復興は集落復興が軸>
2つ目は、今回の震災からの復興は集落を基軸にするものになるということです。
「むら=集落」ということは以前に書きましたので、ここでは繰り返しません。
震災復興で最重要の問題は住宅の復興ですが、それは「個人の私有財産としての住宅」を復興することではないのです。人びとの暮らしの基礎単位としての集落を成り立たせているものとしての家々を復興させるのです。それは高齢者という視点からみれば、高齢者が集落の支え合いによって安心して暮らせるということです。
また、震災という非常事態の中で一見したところ、悠長な話と思われるかもしれませんが、「にほんの里100選」に選ばれた栄村の景観の素晴らしさは、じつは集落の暮らしの営みの中で維持されているものです。
そして、この〈高齢者〉という視点と〈景観〉という視点は不可分のものとしてつながっています。まさに“むららしい”景観である、元々は茅葺きであった古い民家の多くは高齢者の住まいとして維持されているのであり、かつ、今回の震災で家の復興をめぐって最も大変な状況に立たされているのが高齢者の人たちなのです。
今後、ネットワークに寄せられた義捐金の使途の1つの柱となり、また、今後ご協力・ご支援をお願いしたいことの中心となっていくのは、こうした集落の復興に関わる問題になっていくと考えています。
関連記事:→青倉公民館再建基金ご協力のお願い
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事



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むらたびは、体験イベントを通して栄村の〈むららしい暮らし〉や自然を満喫し、栄村の復興に繋げる新しい旅です。






