「1年目」の3月12日を終えて
- 被害と復興の様子
- 2012.03.15 Thursday
「1年目」の「3月12日」が過ぎ去りました。
翌13日からは、私が住む仮設住宅に静寂が戻り、ホッとしているというのが正直な気持ちです。栄村の震災がマスメディアで報道されることは有難いことですが、あまりの“騒ぎ”にはうんざりするというのも事実です。
私は東北の震災1年目の11日、そして栄村の12日、ほとんどテレビを見ませんでした。チラッと自分自身が見たものの感想や、人から聞いた番組評からすると、種々の番組にはいいものもあれば、「?」と思わざるをえないものもあるということのようですが、率直にいって、マスメディアは震災などの報道のあり方を真剣に再検討すべきところがあると思います。ただただ「絵になる」ものを求めるという取材方法は御免こうむりたいと思います。
震災から2年目というのは、非常に難しい時期なのだろうと思います。復旧や復興がなかなか進まないという状況も一段と明確になってきて、方向性を見失うことにもなりかねない危険があるようです。「とにかく、当面の暮らしができるようにする」ということで張りつめた気持ちで走りに走ってきた1年間とは様相が変わってくるようなのです。
阪神・淡路や中越の経験をいまこそ学び、2年目をどのように生きていくか、みんなで知恵を出し合いながら、進んでいかねば、と思います。
それだけに、「1年目」の12日、村としての公式行事がいっさいなかったのは残念です。大騒ぎをする必要はありませんが、きちんと村民全体が復興への決意を新たにする場が必要だったと思います。7億8千万円にものぼる義援金を寄せて下さった全国の支援者からも、「えっ! 何の行事もないの?」と言われます。
復興計画策定のための委員会がスタートしたのはそのとおりですが、村の最高責任者が「復興計画については委員会にご検討をお願いしています」としか言わないというのは無責任ではないでしょうか。そんなことで2012年を「復興元年」にすることは難しいと思います。
私も復興計画策定委員会の委員を拝命し、いろいろと努力していますが、「こんなことでは、復興計画を一所懸命つくっても、本当に実現できるのだろうか」という不安に襲われます。政治家としての責任を負う人は、もっと明確なメッセージを発し、村民、そして委員会と活発な議論を行う姿勢を見せてほしいと思います。
翌13日からは、私が住む仮設住宅に静寂が戻り、ホッとしているというのが正直な気持ちです。栄村の震災がマスメディアで報道されることは有難いことですが、あまりの“騒ぎ”にはうんざりするというのも事実です。
私は東北の震災1年目の11日、そして栄村の12日、ほとんどテレビを見ませんでした。チラッと自分自身が見たものの感想や、人から聞いた番組評からすると、種々の番組にはいいものもあれば、「?」と思わざるをえないものもあるということのようですが、率直にいって、マスメディアは震災などの報道のあり方を真剣に再検討すべきところがあると思います。ただただ「絵になる」ものを求めるという取材方法は御免こうむりたいと思います。
震災から2年目というのは、非常に難しい時期なのだろうと思います。復旧や復興がなかなか進まないという状況も一段と明確になってきて、方向性を見失うことにもなりかねない危険があるようです。「とにかく、当面の暮らしができるようにする」ということで張りつめた気持ちで走りに走ってきた1年間とは様相が変わってくるようなのです。
阪神・淡路や中越の経験をいまこそ学び、2年目をどのように生きていくか、みんなで知恵を出し合いながら、進んでいかねば、と思います。
それだけに、「1年目」の12日、村としての公式行事がいっさいなかったのは残念です。大騒ぎをする必要はありませんが、きちんと村民全体が復興への決意を新たにする場が必要だったと思います。7億8千万円にものぼる義援金を寄せて下さった全国の支援者からも、「えっ! 何の行事もないの?」と言われます。
復興計画策定のための委員会がスタートしたのはそのとおりですが、村の最高責任者が「復興計画については委員会にご検討をお願いしています」としか言わないというのは無責任ではないでしょうか。そんなことで2012年を「復興元年」にすることは難しいと思います。
私も復興計画策定委員会の委員を拝命し、いろいろと努力していますが、「こんなことでは、復興計画を一所懸命つくっても、本当に実現できるのだろうか」という不安に襲われます。政治家としての責任を負う人は、もっと明確なメッセージを発し、村民、そして委員会と活発な議論を行う姿勢を見せてほしいと思います。



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