住宅復興問題について
- 仮設住宅/住宅再建
- 2011.03.21 Monday
いま、被災者のみなさんの頭の中を占めている最大の問題は家(住居)の問題です。
私事ながら、私が管理人として住んでいるゼミナール館をボランティアの建築士さんに今日、診ていただきました。結論から言うと、「これは『黄』ではなく『赤』判定でもおかしくありませんね」ということでした。私も住む場所を失ったわけです。地震後、今日まで私自身は住宅相談にも行っていなくて、仮設住宅の希望調査にも何ら回答していません(単に忙しいというだけでなく、これまでの相談会が「赤」の人を対象とするものであったことにも因ります)。
それはともかく、突然、家を失った者はどうすればいいのか。一時仮入居の県営住宅などを仮に確保できたおしても、それで気が休まるものではありません。
<19日夜のAさんとの会話から>
19日夜、被災者のある人(Aさんとします)と話しました。Aさんによれば、とくに高齢者のみの世帯(一人住まい、あるいは高齢者夫婦)で「赤」の判定を受けた人(そして実際、修復不能と思われるケース)は、
「○○(県外)に行くしかない」
「もう(村を)出るしかない」
「なんとかして残りたい」
等々、具体的な意向を漏らしておられるとのことです。
Aさんは、次のように言っておられます。
「一時帰宅」が実施される前は、避難所で「頑張るぞ!」と言っておればよかった。しかし、「一時帰宅」が始まり、毎日、壊れた自分の家を繰り返し見るようになると、カラ元気だけではやっていられない。
また、現在の家に住み続けるつもりだが、かなり大幅な修理が必要だというケースの場合、資金をどうするかを心配され始めています。たとえばAさんご自身の場合、「応急危険度判定は『黄』で家の骨格はしっかりしているが、壁はほとんどが落ち、風呂場も全面的に壊れている。修理費用は1千万円近くかかるだろう。年齢が年齢なので銀行融資等は難しい」とのお話です。
<村で、集落で、暮らし続けられる集合住宅の建設を>
高齢者のみの世帯で被害が大きいケースの場合、個人での住宅再建は基本的に困難です。
この人たちが村から出ていかざるをえないような状態を放置することは許されないと思います。「この村で暮らし続けたい」という思いを大事にする必要があります。都市工業文明の破たんを突き出したのが今回の原発災害ではないでしょうか。
阪神大震災の後、多くの集合住宅が建設されました。しかし、それは高層マンションで、高齢者を地域コミュニティから分断し、多くの人たちを「孤独死」に追いやりました。その愚をくりかえしてはならないと思います。
小さな集落ならば、集合住宅を必要とする高齢者世帯はせいぜい3世帯ほど、大きな集落でも10〜15世帯までの範囲でしょう(後者の場合は3〜5世帯用のものを3ヶ所くらいに建てればよい)。
私が知るかぎり、土地は確保できます。
県や村が集落単位の集合住宅の必要性をしっかりと認識することが大事だと思います。
<景観配慮、安全・安心な集落公民館を兼ねる ―― 一石三鳥の画期的な方式>
この集落単位の集合住宅は、栄村の“むららしい景観”の保全にも役立ちます。むらの集落独特の佇まいは国民的共有財産です。「にほんの里100選」に選ばれた栄村の景観の保全は震災復興の不可欠の要素です。
また、工夫をすれば、今回の地震のような災害時に安心して避難できる安全な公民館、また、居住福祉の観点から高齢者が楽しく集える「共同の家」の要素を兼ね備えることも可能だと思います。
高齢者世帯の復興、景観保全、むらの安全・安心施設、という一石三鳥です。
「緊急時だから、そんなややこしいことをやっている余裕はない。村に1ヶ所、大きな集合住宅を作ればよい」という考えは、怠慢以外のなにものでもないと思います。住民の叡知、そして全国の支援者のご協力をいただければ、集落ごとの小規模集合住宅の建設の方がよほど迅速に事が運ぶと思われます。“むららしい小規模集合住宅デザイン・コンテスト”のようなものを実施すれば、有用で面白いアイディアがいっぱい集まるのではないでしょうか。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事
私事ながら、私が管理人として住んでいるゼミナール館をボランティアの建築士さんに今日、診ていただきました。結論から言うと、「これは『黄』ではなく『赤』判定でもおかしくありませんね」ということでした。私も住む場所を失ったわけです。地震後、今日まで私自身は住宅相談にも行っていなくて、仮設住宅の希望調査にも何ら回答していません(単に忙しいというだけでなく、これまでの相談会が「赤」の人を対象とするものであったことにも因ります)。
それはともかく、突然、家を失った者はどうすればいいのか。一時仮入居の県営住宅などを仮に確保できたおしても、それで気が休まるものではありません。
<19日夜のAさんとの会話から>
19日夜、被災者のある人(Aさんとします)と話しました。Aさんによれば、とくに高齢者のみの世帯(一人住まい、あるいは高齢者夫婦)で「赤」の判定を受けた人(そして実際、修復不能と思われるケース)は、
「○○(県外)に行くしかない」
「もう(村を)出るしかない」
「なんとかして残りたい」
等々、具体的な意向を漏らしておられるとのことです。
Aさんは、次のように言っておられます。
「一時帰宅」が実施される前は、避難所で「頑張るぞ!」と言っておればよかった。しかし、「一時帰宅」が始まり、毎日、壊れた自分の家を繰り返し見るようになると、カラ元気だけではやっていられない。
また、現在の家に住み続けるつもりだが、かなり大幅な修理が必要だというケースの場合、資金をどうするかを心配され始めています。たとえばAさんご自身の場合、「応急危険度判定は『黄』で家の骨格はしっかりしているが、壁はほとんどが落ち、風呂場も全面的に壊れている。修理費用は1千万円近くかかるだろう。年齢が年齢なので銀行融資等は難しい」とのお話です。
<村で、集落で、暮らし続けられる集合住宅の建設を>
高齢者のみの世帯で被害が大きいケースの場合、個人での住宅再建は基本的に困難です。
この人たちが村から出ていかざるをえないような状態を放置することは許されないと思います。「この村で暮らし続けたい」という思いを大事にする必要があります。都市工業文明の破たんを突き出したのが今回の原発災害ではないでしょうか。
阪神大震災の後、多くの集合住宅が建設されました。しかし、それは高層マンションで、高齢者を地域コミュニティから分断し、多くの人たちを「孤独死」に追いやりました。その愚をくりかえしてはならないと思います。
小さな集落ならば、集合住宅を必要とする高齢者世帯はせいぜい3世帯ほど、大きな集落でも10〜15世帯までの範囲でしょう(後者の場合は3〜5世帯用のものを3ヶ所くらいに建てればよい)。
私が知るかぎり、土地は確保できます。
県や村が集落単位の集合住宅の必要性をしっかりと認識することが大事だと思います。
<景観配慮、安全・安心な集落公民館を兼ねる ―― 一石三鳥の画期的な方式>
この集落単位の集合住宅は、栄村の“むららしい景観”の保全にも役立ちます。むらの集落独特の佇まいは国民的共有財産です。「にほんの里100選」に選ばれた栄村の景観の保全は震災復興の不可欠の要素です。
また、工夫をすれば、今回の地震のような災害時に安心して避難できる安全な公民館、また、居住福祉の観点から高齢者が楽しく集える「共同の家」の要素を兼ね備えることも可能だと思います。
高齢者世帯の復興、景観保全、むらの安全・安心施設、という一石三鳥です。
「緊急時だから、そんなややこしいことをやっている余裕はない。村に1ヶ所、大きな集合住宅を作ればよい」という考えは、怠慢以外のなにものでもないと思います。住民の叡知、そして全国の支援者のご協力をいただければ、集落ごとの小規模集合住宅の建設の方がよほど迅速に事が運ぶと思われます。“むららしい小規模集合住宅デザイン・コンテスト”のようなものを実施すれば、有用で面白いアイディアがいっぱい集まるのではないでしょうか。
―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事



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