震災の目に見えない被害が今になって顕在化
- 被害と復興の様子
- 2011.07.22 Friday
20日の夕刻に村に帰って来た直後、「小滝のため池がぬけた」と聞きました。その日は動けなかったのですが、21日朝、現場に行ってきました。
まず、現場の関係図を示します。

ため池から図のように水路が出て、道路の下を通り、田んぼにむかっています。
現場に行って見ると、図に「穴」と書いたところにぽっかりと大きな穴があいています(写真1)。この穴は道路の真ん中あたりまで続いているそうです。
ため池の様子は写真2で、手前に穴が見えます。

写真1 写真2
現場で、中沢謙吾さんに状況を説明していただきました。
ため池には斜(しゃ)樋(ひ)というものが作られていて、必要に応じて水を水路に流す仕組みになっています(斜樋の構造の説明は次頁の囲みを参照)。3月12日の地震以降、斜樋を操作しても水は流れなかったそうです。道路下の田んぼはこの水路の水が必要なのですが、今回穴があいた部分に別の水路(消雪等のために集落内を廻る水路)から水が流れ込んでいたので、ため池からの水が来なくても大丈夫だったようです。
斜樋からの水が来なかったのは斜樋から穴の部分にかけての水路が壊れたためと思われます。その壊れた水路部分に次第に水が溜まり、今回穴があいた部分から道路下にかけて徐々に土壌を浸食していたものとみられます。そして、7月19日夜から20日朝の間に、浸食が限界点を超え、一気に土砂を水路下流へ流し、大きな穴があいたのではないかと思われます。
地震の被害には、このように長期にわたって目に見えない形で存在し、数ヶ月も経ったある日、被害が臨界点に達して目に見える大きな被害として現れるものがあるのです。
私が東北に出発する前日(16日)、野々海方面に行きました。野々海池から松之山に向かう林道の途中で津南町にぬける道があります。途中で道路が完全に崩壊していると聞いていたのですが、一度、その現場を見てみたいと思い、軽トラで向かいました。
「勢いをつけて走っていると、突然道がなくなることもあるので、慎重に行こう」と言いつつ走っていると、前方に崖崩れ箇所が視界に入り、注意すると、すぐに道が崩れている箇所がすぐ前に。下の写真がその状況です。

この地点をよく見ると、崩れた箇所の中に、災害復旧工事にむけた調査の杭が見えます。もう1枚の写真をご覧ください。先端が赤く塗られた杭です。

こんなところに杭を打つことはありません。
考えられることは、この箇所にクラックがあり、路面(ないし道路脇)に杭が打たれていたのが、最近の雨で道路全体が崩れた結果が、この日、目撃した状況だったということです。
この場合は、地震直後にはクラックにすぎなかったものが、その後、そのクラックに雨水が浸み込むなどして次第にクラックが拡がり、ついには大きな道路崩壊が起こるのです。
地震被害はこのように長期にわたってジワジワと広がる面もあるものなのです。そういうことにも目をむけて、復旧・復興にあたっていくことが必要だと思います。
小滝の被害は、役場の力を借り、ため池の水をぬいて、本格的な調査、復旧工事に取り組むことになります。
まず、現場の関係図を示します。

ため池から図のように水路が出て、道路の下を通り、田んぼにむかっています。
現場に行って見ると、図に「穴」と書いたところにぽっかりと大きな穴があいています(写真1)。この穴は道路の真ん中あたりまで続いているそうです。
ため池の様子は写真2で、手前に穴が見えます。

写真1 写真2
現場で、中沢謙吾さんに状況を説明していただきました。
ため池には斜(しゃ)樋(ひ)というものが作られていて、必要に応じて水を水路に流す仕組みになっています(斜樋の構造の説明は次頁の囲みを参照)。3月12日の地震以降、斜樋を操作しても水は流れなかったそうです。道路下の田んぼはこの水路の水が必要なのですが、今回穴があいた部分に別の水路(消雪等のために集落内を廻る水路)から水が流れ込んでいたので、ため池からの水が来なくても大丈夫だったようです。
斜樋からの水が来なかったのは斜樋から穴の部分にかけての水路が壊れたためと思われます。その壊れた水路部分に次第に水が溜まり、今回穴があいた部分から道路下にかけて徐々に土壌を浸食していたものとみられます。そして、7月19日夜から20日朝の間に、浸食が限界点を超え、一気に土砂を水路下流へ流し、大きな穴があいたのではないかと思われます。
斜樋の構造(http://misatotanken.mie1.net/e226179.htmlより)
池の水が流れ落ちる、斜めの管のことを「斜樋(しゃひ)」と呼び、差しこんである杭のことを「水抜き栓」と言います。 この水抜き栓は、階段に1本ずつあり、水位が低くなれば、更に下の栓を抜いて、水を落とすようになっています。 逆に、もう水が不要な場合は、栓を差し込んで水を止めるのです。
地震の被害には、このように長期にわたって目に見えない形で存在し、数ヶ月も経ったある日、被害が臨界点に達して目に見える大きな被害として現れるものがあるのです。
私が東北に出発する前日(16日)、野々海方面に行きました。野々海池から松之山に向かう林道の途中で津南町にぬける道があります。途中で道路が完全に崩壊していると聞いていたのですが、一度、その現場を見てみたいと思い、軽トラで向かいました。
「勢いをつけて走っていると、突然道がなくなることもあるので、慎重に行こう」と言いつつ走っていると、前方に崖崩れ箇所が視界に入り、注意すると、すぐに道が崩れている箇所がすぐ前に。下の写真がその状況です。

この地点をよく見ると、崩れた箇所の中に、災害復旧工事にむけた調査の杭が見えます。もう1枚の写真をご覧ください。先端が赤く塗られた杭です。

こんなところに杭を打つことはありません。
考えられることは、この箇所にクラックがあり、路面(ないし道路脇)に杭が打たれていたのが、最近の雨で道路全体が崩れた結果が、この日、目撃した状況だったということです。
この場合は、地震直後にはクラックにすぎなかったものが、その後、そのクラックに雨水が浸み込むなどして次第にクラックが拡がり、ついには大きな道路崩壊が起こるのです。
地震被害はこのように長期にわたってジワジワと広がる面もあるものなのです。そういうことにも目をむけて、復旧・復興にあたっていくことが必要だと思います。
小滝の被害は、役場の力を借り、ため池の水をぬいて、本格的な調査、復旧工事に取り組むことになります。



RSS1.0









