こどもは、絵本をどのように楽しんでいるのでしょうか。
・何度も、何度も同じ本ばかり読む。
・大人にはピンとこない本で、大喜び。
大人になると、こどもと全く同じ目線で、絵本を楽しむ事は難しくなるようです。
そんなときに手にとった一冊が、こちら。
山口 雅子 著『絵本の記憶、子どもの気持ち 』 福音館書店【amazon】
ハッと胸を打つ言葉に、いくつも出会えたので、ご紹介します。
『絵本の記憶、子どもの気持ち』はどんな本?
著者の山口さんは、東京子ども図書館の職員を経て、大学で絵本をテーマにした授業をもつ講師です。
”子供と絵本の結びつきには、大人にはわからない謎がいくつもある”
そんな思いから「こどもの頃に好きだった絵本」をテーマに、学生たちにレポートを書いてもらいます。
かつては絵本を楽しんでいた子供で、いまは大人になった学生。
ひとりの人間の中にある、2つの視点を通して、絵本をめぐる大人とこどものギャップを紐解いてく一冊です。
特に心に響いたお話がこちら。
絵本は教えるためのもの?
著者によると、若い人と話すと、多くの人が
- 子供に絵本を読んでやるのは「何かを教えるため」
だと考えているとの事。
「この絵本は子供に色を教えるのにいい」とか「読んだ後で 主人公がどんな動物に 出会ったか質問して、その鳴き声も言わせてみたい」といった意見がよく出てきます。
「字を教える」「数を教える」「内容をどのくらい理解してるか聞いてみる」等、あげれば きりがありません。
でも、絵本は 子供の知識や読解力を調べるための教科書でしょうか。
この言葉、ドキリとします。
そして、興味深かったのが次のお話。
こどもは絵本の中で体験をする
絵本『ぐりとぐら』に、巨大な卵を拾って、大きなカステラを作るシーンがあります。
著者が、こども達にこの本を読んであげると、カステラの絵に鼻をつけて匂いを嗅いだり、こっそり舐めてみたりする事もあったそう。
大人はどんなに絵本の好きな人でも、
「いしにぶつかって割れてしまうよ」
というぐりのことばに「卵が割れたらどうしよう」と本気で心配したり、
絵のカステラの匂いを 嗅いだりしないでしょう。
一方、大人は少し離れた所から絵本全体を眺め、絵の印象やテーマなど大きくつかんでいるとのこと。
絵本に描かれているものは子供にとって本物
” 絵本の言葉 ” を 子どもたちは そのまままっすぐに受け止めます。
言葉の一つ一つが 彼らを笑わせたり、ハラハラさせたりします。
絵本にかかれているものは、子ども達にとって本物以上に本物なのです。
絵を描く身としては、胸がギュッとする言葉です。
絵本の絵は ただの絵ではなく、こどもにとって「お話の世界そのもの」なんですね。
考えてみると、絵やアートの目的は感覚を伝えること、なのかもしれません。
「雨のシットリした空気」「ふんわり甘い」「お鍋が重い」
…五感を揺さぶる体験をしてこそ、絵に意味が生まれてくるんだ。
そんなことを思いました。
また、次のエピソードもおもしろいです。
絵本の世界で、こどもは遊ぶ
子供は主人公のすることを全て一緒にやっているのでしょう。
文庫(読み聞かせの会)で絵本を何度も読んでやったあと、子どもたちが「ああくたびれた!」「のどがかわいた」と言うのを聞いて、読んでいたのは私なのにどうして?と思うことがよくありました。
子どもたちは絵本の中で大活躍していたのですから、くたびれたりのどが渇いたりするのも当たり前だったのです。
こんな反応が返ってきたら、読み手冥利につきますよね。
もはや本の世界に没頭する域を超えて 実際に本の世界を体験しているレベルです。
大人の場合、例えば映画の危機が迫るシーンで、震えたり汗をかくことはあります。
しかし、読書…それも絵本でそこまでの身体感覚を得ることは難しいなぁ、と唸ってしまいました。
こども時代は、感受性がグングン豊かに育つ時期。
美しいものをスポンジのように吸収できる時期。
自由に現実と空想の世界を行き来できる時期。
この時ならではの、しあわせな体験が そこには在るのかもしれません。
また、次のお話も印象的でした。
あこがれの世界で心を開放させる
こども達は自分にはできないこと、自分の周りにないものにあこがれを抱き、その中にそのあこがれを満たしてくれる世界を求めています。
それに応えててくれる絵本に出会うと、主人公と一緒に絵本の中を自由に動き回ったり、アレコレ想像したり、遊んだりしながら心をのびのびと開放させるのでしょう。
気に入った絵本を読み終わった時、「あーおもしろかった!」とため息をつく子どもたちの表情はいつも満足感でいっぱいです。
子供にとって絵本は知識ではなく、体験
この本を読んで、一番新鮮に感じたこと。それは、
- こどもにとって絵本で得られるものは、知識以上に体験なんだ
ということでした。
子供は 大人が望むとおりに 絵本の趣旨を読み取ったり、書かれていることを覚えたりするとは限りません。
本当に楽しめる絵本に出会った時、こどもは 大人が思う以上のものを しっかり吸収して学んでいるのです。
教育やしつけ、何かの役に立つか、立たないか。
そういった用途を超えて、絵本はもっとすごい底力を秘めているんだ。
自分にもあったはずの、絵本の世界をまるごと体験していた子供時代。
大人の目線では見えにくくなっていた「絵本の中にある本当に豊かなもの」を、ふと感じることができました。
知識は忘れても、体験は残る
ところで、子供の時どんな絵本が好きだったのか、覚えていますでしょうか。
子供時代の絵本のレポートの課題が出た時、大学生は皆
- えっ!なんだろ!?
- いっぱい読んだ気はするのに 覚えてない!
と反応したそう。
ところが、レポート書く過程で、学生たちは子供時代に楽しんだ絵本と再会します。
そして、色・フレーズ・表紙…
小さなキッカケから、様々な事が 一瞬でよみがえってくるのです。
ワクワクしたこと、美味しそうと思ったこと、そして読んでくれた親の体温や声すらも思い出す…。
そんな温かいエピソードが多く紹介されています。
子供の頃の体験や、幼いなりに感じたこと、考えたことは、おとなになって忘れていたとしまっていても、実はみんなの心の中に、ただ眠っているだけだったようです。
絵本の中にある、しあわせな体験
絵本の内容や詳細は、大人になったら忘れる人がほとんどのようです。
私も、恥ずかしながら、そのほとんどを忘れてました。
でも、もしかしたら、内容を覚えているかどうかは、たいした問題ではないのかもしれません。
たとえ、具体的なあらすじを思い出せなくても
ワクワク・悲しみ・ドキドキ・嬉しさ・充足感…
絵本の世界で味わった、さまざまな感覚や体験は、決して消えないものなのかもしれません。
生きる上で、羅針盤となるような、うつくしい何か、大切な何か。
のびのび自由に絵本世界で遊び回る中で、大切な何かを集めているのかもしれません。
それはきっと、心の奥の大切なところに根付いて、ゆっくりゆっくり、一緒に育っていくんだ。
そんな情景がうかびました。
絵を描く方、子どもに絵本を読む方にも、おすすめです。
山口 雅子 著『絵本の記憶、子どもの気持ち 』 福音館書店【amazon】
- 読んだ後、あたたかい気持ちになる1冊です。