大阪、心斎橋aiギャラリー主催の「子守絵展Ⅱ」に参加いたします。
しまりすの親子シリーズ作品、5作品を展示販売いたしますので、是非遊びに来てください。

aiギャラリー子守り絵展 開催情報
【日時】
2018年6月13日(水)〜6月19日(火)
13時〜20時(最終日19時まで)
【出展作家】
木村葉子・・浜崎のぞみ・橋本裕美・夛田麻里
Michelle・Egawo・石川文子・茉莉子・いぬいさえこ
【ギャラリー】
あお建築設計 ai gallery
最寄駅:地下鉄心斎橋駅6分
心斎橋駅 1番出口 → クリスタ長堀 北5出口
展示イラスト ~エゾシマリスの親子シリーズ~

今回の親子のシマリス作品のモデルは、夫とこども。
「きょうは、さむいから」のイラストの、最初のタイトルは「お父さんは心配症」でした。
朝ムギュムギュと、帽子をかぶせる父親の仕草。
そして子どものムギュっと潰れた顔がなんだか面白くて、「これ描きたいな」と思ったのがきっかけです。
テーマは、日常のにある儚い愛しさ。

こどもを出産して、私の生活は180度変わりました。
毎日が嵐のように忙しく、眼の前のことを夢中でこなすのが精一杯。
気がつけば子どもは、4歳。
赤ちゃんの頃のあの仕草は、もう見れないんだなぁと無償に懐かしく感じることも増えました。
それは、赤ちゃんというより少年に近づいてきた、息子のこの瞬間も実は同じなんだろうな…。
この瞬間も、風みたいにフワリと飛んでいって、もう見ることができないのかもしれない。
少しずつ、そんな実感が日々の中にポトリと落ちてくるようになりました。
儚いから、大切にしたくなる
私は何故か昔から、絵本でも絵画でも、ふとした仕草を描写に無性に惹きつけられるのです。
そして、あることに気づきました。
そんな何気ないしぐさを通じて”何かを大切にしたい”という感情を抱くことが多い…という事。
繊細で、一瞬しか見れないものだからこそ、大切にしたいなぁ…という体温のある感情が、うまれるのかもしれません。
「大切にしたいなぁ」というのは、もうすこし具体的にいうと「ちょっと先の未来でも幸せでいてほしい」という気持ち。
子どもだったり、生き物だったり、事柄だったり。自然だったり…。
何にそう思うかは、その時でさまざま。
ただ、心の中に大切にしたい存在の未来が浮かび上がると、気持ちが少し優しくなります。
大切な存在の、ちょっと先の未来を思う瞬間。
今を生きていく人たちが、小さなそんな瞬間を重ねることで、少しずつ世の中は、優しくなるのかなぁ…と思います。
シマリスの親子を描いた理由。

ところで、なぜ親子(息子と夫)の姿をシマリスで描いたのか、不思議な所ではありますよね。
この理由は、実は自分の中でも明確になっていないのです。
ただ、脳内の混然とした思いに少しでも輪郭を与えたいので、文章にしてみます。
昔、家族にシマリスがいた。
大げさな書き方ではありますが、ようはシマリスを飼っていたのです。
3歳の頃から、あたりまえのように側にいて、一緒に暮らしてたことから、動物が大好きになり、やがて地球や野生動物のことに興味を持ちました。
大人になって社会問題や環境を研究する大学へすすんだのも、シマリスの存在があったから。
飼っていたシマリスは天国に行き、そのお別れがショックすぎて、5年たった今も心の整理がついていません。
きっと、自分の人生で動物を飼育することはこの先のないだろうと思っています。
一方で、リスへの愛情がなくなることはありませんでした。
そばにいなくても、幸せでいてほしい
自分のそばにはいなくてもいいから、森のなかで幸せで生きていってほしい。
シマリスや小さな生き物たちも、先の未来でも、幸せに生きていってほしい。
それはとても不思議なのですが出産して、母になってみて、我が子に抱く感情とかなり近い感覚なんです。
言語化すると、やはりまだ曖昧ですね。
ただ、そんな頭の中のフワフワした気持ちかから、この「お父さんとぼく」シリーズは生まれてきました。
二度とみることのない姿
シマリスと同じで、私のこどもも、いつかはお別れがある。
シマリスは寿命で、こどもは独り立ち、という意味はありますが、共通しているのは”一生自分のそばにいることはないだろう、すごく大切な存在”だということ。
もう触れられないシマリスに、切なさと後悔だったり、ないまぜになった気持ちがギュッと湧いていきます。
ずっとそばにいることはできない。
もう二度と見ることのできない姿がある。
そのコトを、今目の前にある大切な存在に重ねてしまうのかもしれません。
ふとした仕草に、同じような儚さと愛情をギュッと感じてしまうのです。
幸せの形は違うけれど、幸せな時間は存在する。
日本の森や自然の中で暮らしている小さな生き物にも、彼らなりの暮らしや、何気ない幸せがある。
人間とは幸せを感じるカタチは違えど、確かに、彼らなりの幸せと、彼らの世界がある。
1瞬で通り過ぎていく、美しくて、儚くて、愛しい時間がある。
どんどん大きくなっていく息子や、小さな生き物を思う気持ちが、フワフワとつながって、ひとつの絵になっているのかもしれません。
こうしてコトバにすると、どうしようもないほど個人的な体験から生まれている絵だなぁ、とあらためて思いました。
儚いものがもつ力
自分はやはり、儚いものが好きなようです。
儚いものがもつ存在感に、とてつもない力で惹きつけられます。
見落としている、あたりまえの情景のなかに、本当はとても愛おしいモノたくさん隠れている。
儚いものが教えてくれる何かは、とてもあたたかい。
儚いからこそ、人を笑顔にできる力がある。
儚いけれど、あたたかい。
そんな小さな生き物たちを、描いていきたいなぁと思います。






